| 戻 | ||
黄緑 |
||
音が聞こえる。これは、一番好きなピアノの音。 「緑間っち」 午後3時40分。第二音楽室のドアを開ければ、ピアノの音が溢れて響く。 校内合唱コンクールの伴奏を頼まれてから、放課後のこの時間。 部活が始まるまでの20分だけ、緑間はピアノの練習をしている。 これだけピアノが弾けるのであれば、自宅にもピアノがあり、練習もできるのではないかと訊いた時、部活の後は指が思うように動かないのだよ、と教えてくれた。 緑間のピアノは、音楽の先生が弾く音よりもずっとずっと、優しい。 このピアノで歌を歌える緑間のクラスメイトが本当に羨ましくてしょうがない。 黄瀬は、緑間の弾くピアノの音を聞きながら、一番前の席に座る。 そこが、特等席。 課題曲と自由曲。 緩やかに、テンポ良く、情熱的に。 普段、表情もほとんど変わらないくらい感情が表に出ない緑間のピアノは、部活中の厳しさとは全く違った音を奏でる。 詳しいことはよくわからない。 ピアノを習ったこともない。 けれど、緑間の弾くピアノの音はとても心地が好かった。 (好き…) 音楽が鳴り響く。 「緑間っちのピアノは、優しい音がするっスね」 それは、緑間に潜んでいる。 「曲の、せいじゃないのか?」 弾き終わったタイミングで声を掛ける。 「違うっスよ。緑間っちが優しい」 「……、そんなことを言われたのは初めてなのだよ」 ピアノに隠れてその表情が見えない。 驚いたのか、喜んだのか、困ったのか。 最近、変化のない緑間の表情を読めるようになってきたのだ。 「緑間っちの初めて、ゲットっスね」 席を立ち、ピアノの前に座る緑間の側に行く。 テーピングのしていない、きれいな指先。 それが、この音を奏でるのだ。 緑間の肩に手を置いて、黄瀬はその顔を覗き込むようにしてキスをした。 「黄瀬」 それが、一番、好きな、音。 「緑間っち」 好き。 終わり |
||
2014/02/16 |
||
|
||
| 戻 | ||