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好きを伝える方法 |
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体育館に居残っていたのは二人だけだった。 緑間は黙々とシュート練習を続け、黄瀬はドリブルからのシュートを重点的にしていた。 責任者のいない練習は午後7時までと決まっていた為、15分前にアラームが鳴るようにセットしていたのを二人とも忘れるくらいに集中していた。 シューズの床を擦る音、ボールの弾む音だけだった空間に突然電子音が響き渡る。 「うっわ、びっくりしたぁ・・・」 黄瀬が慌てて携帯電話の元に駆け寄って、音を止めた。 それから緑間の方を見ると、その音を気にした様子もなく、遠い場所からシュートを放ち、ボールは音もなくゴールに吸い込まれていく。 「ナイッシュー」 ぱちぱちと拍手を送って、ゴール下に転がっているボールを拾った。 緑間からの反応はない。 それは、いつものことだった。 黄瀬がボール籠を用具室に片付けている間に緑間がモップ掛けを済ませる。 この役割分担は、どちらが言い出したわけではなく、自然とそうなっていた。 何も言わずとも緑間が黄瀬に合わせてくれているのだと気付いたのは最近の事だ。 (こんな時だけなんにも言わない) 普段は、目についた事をうるさいくらいに厳しく指摘してくるくせに、出来る事に関しては何も言わない。 大勢でいる時よりも二人きりの方が、緑間は無口だ。 鍵をかけた体育館を後にして、一緒に部室に戻る。 「緑間っちはいつも何を思ってシュートを打ってるんスか?」 首筋から流れる汗をタオルで拭きながら、緑間の背中を見つめる。 (笑ったり怒ったり喜んだりが見えない) だから、その気持ちがわからない。 「特別な事はなにも・・・っ」 黄瀬は、ロッカーを開けようとした緑間の両手首を掴んで身体ごと自分の方へと向けた。 「なんなのだよ」 驚くよりも先に怒りの色が滲む視線を受け止めて、そのまま口唇を重ねた。 表情よりもその目の方が感情豊かなのもどうかと思う。 そっと触れた口唇が思いのほか柔らかくて、それと同時に今までよりも愛しく思えた。 「この行為にどんな意味があるのだよ」と、言った人の目は真っ直ぐで強くて、でも、知らない事が多すぎるだけだと思った。 「好きだって思う気持ちを伝える為っスよ」 笑って見せる。 言葉だけで伝わらないもの。 手を握ったり、抱き締めたり、それだけでは足りないから。 好きだと言って、キスをする。 「オレ、ほんとに好きなんスよ」 声にしなかったけれど、自分を見つめる瞳が「どこが?なにが?」と訴えてくる。 そんなこと、説明なんてできない。 ふとした瞬間に目を奪われる。 そして、そのまま心が捕らわれる。 優しさとか美しさとか。 (オレのこと、もっと見てとか) その姿があるだけで、どれだけ元気になるのか、それをどうやって伝えればいいのか、わからないから、キスをする。 「・・・黄瀬」 咎めるように名前を呼ぶ声も。 優しく触れる指先も。 緑間の両手から手を放し、かわりにぎゅっと抱きしめる。 「好き」 小さく囁いた声は、届いているのだろうか。 汗で湿ったTシャツと薄い布越しに伝わる体温と耳元で聞こえる吐息が熱さを生む。 おとなしく腕の中にいてくれる緑間の心が見えない。 ほんの数分だったであろう、その時間が、長く感じた。 (必死すぎて、つらい・・・) 自分を自分で嗤う。 小さな溜息が聞こえた後で、耳朶に柔らかい感触が届く。 「緑間っち・・・?」 そおっと顔を上げると、今度は額にキスをされる。 「なんで?」 「好きだと伝えるものなのだろう?」 ふ、と口元を緩めた緑間のその表情に見惚れた。 「もう時間がないな。怒られる前に帰らないとなのだよ。いいかげん離れろ」 両肩を強めに押されて、黄瀬は緑間から突き放された。 「え、ちょ、・・・いま、オレ、すっごいどきどきしたんスけど」 「それとこれとは別なのだよ。さっさと着替えないとおいていく」 「すぐ着替えるっスから!一緒がいいっス」 甘い空気は幻だったのかと思えるくらいに一瞬で掻き消された。 それでも、言葉は耳に残り、触れた場所はまだ熱を保っている。 (見えなかったんじゃなくて、見ようとしてなかったのか・・・) 制服に着替えた黄瀬は先に出て行った緑間を追いかけて廊下を走った。 終わり |
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2012/07/25 |
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帝光中学時代。 |
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