| 戻 | ||
憧憬のキス |
||
緑間の前の席に勝手に座って、黄瀬はテーピングされた左手が書く文字を珍しそうに眺めた。 自分が書く順番とは違う方向にシャーペンが動くのがおもしろい。 「いつも何を考えてるんスか?」 瞬きする目を頬杖ついて見つめたまま、机の上の日誌に手を置いた。 自分の方を見向きもしない緑間の気を引きたかったのだ。 その方法は、かなり子供っぽすぎたけれど、成功はした。 「じゃまなのだよ」 溜息ひとつと呆れた様な視線。 それでも、緑間の意識は黄瀬に向く。 黄瀬の手をどかそうと触れた緑間の手をそのまま握り締める。 「答えて欲しいっス」 我がままを繰り返す。 表情は少ないけれど、本当は感情豊かな緑間の目が好きだった。 今は、面倒くさいと思っている。 眉間の皺が深くなって、少し怒りの色が混じる瞳が黄瀬を見た。 「今に限るなら、さっさと日誌を書き終わりたいと考えているのだよ」 力任せに握られた手を振り回し、緑間が黄瀬から逃れる。 本気で邪魔をしたかったわけでもなかったので、しつこくはしない。 「そうじゃなくって・・・」 聞きたい答えを返さないのは、わざとだ。 緑間の頭が良くて、年齢よりもずっと落ち着いている部分に憧れていた。 周囲に信頼されるに値する、その真面目さは自分には無いものだ。 黄瀬は再び日誌に集中した緑間の眼鏡をひょいっと抜き取った。 「黄瀬っ」 「うっわ、すっごく度が強いっスね」 取り上げた眼鏡越しに緑間を見たけれど、ぼやけてゆがんで、はっきり見えない。 「返すのだよ」 咎めるように睨む緑間のその瞼にそっと口唇を落とす。 手に入らないものだから、憧れる。 「ふざけるな」 「そんなに怒んなくてもいいじゃないっスか」 からかうように笑って、自分の本音を隠して、黄瀬は緑間に眼鏡を返した。 終わり |
||
2012/08/08 |
||
帝光中学時代。 |
||
| 戻 | ||