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極彩色の中の緑色 |
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春から初夏にかけて、黄瀬は毎日のように青峰に1on1を挑んでいた。 見ただけでほとんどの事ができてしまう黄瀬にとって、真似する事の出来ない速さや動きが新鮮で悔しかった。 なんとか食らいついてもそれは全力で相手をされているわけではない事を思い知らされるだけだったが、毎日、体が動かなくなるまで、何度も何度も挑んだ。 それまで、必死になる事を知らなかった黄瀬は、目の前を鮮やかに通り過ぎていく青峰の背中ばかりを追いかけていた。 青峰とのバスケットボールは、今まで理解できなかった感情を教えてくれた。 それは、色のなかった世界を彷徨っていた黄瀬が開いた、極彩色の新しい世界に違いなかった。 *** 「もっかい、ねえ、もっかいっス」 がくがくと震える膝を叩いて、黄瀬が立ち上がる。 激しい呼吸が止まらず、全身から流れる汗は、体育館の床を濡らした。 そんな黄瀬の前に立つ青峰は、汗こそ流しているものの、疲れなど微塵も感じられない表情で笑う。 「ばーか。今日はもう終わりだ。これ以上やったら明日の練習できなくなるぜ」 青峰が黄瀬の肩を軽く突き飛ばすと、膝が体を支えられずにバランスを崩し、しりもちをついた。 今日はもう限界だと、気力よりも体力が訴える。 「もー、ちょーくやしいっス」 「ムリすんなよ。また明日相手してやっから」 バンッと床を叩く黄瀬の頭をぽんぽんと叩いて、青峰はボールを籠に投げ入れると体育館を出て行った。 自分の力では青峰の息を切らす事さえできない。 思うように身体が動かない事が、こんなにも苦しいとは知らなかった。 急に静かになったそこに残されたのは自分一人なのかと、黄瀬が周りをぐるりと見渡した瞬間、緑色のタオルが視界を塞いだ。 黄瀬はそのタオルで顔の汗を拭き、もう一度振り返った。 「緑間っち」 バスケットボール部に入部して、二週間後。 一軍に昇格した頃は、まだ春だった。 緑間と初めて会った時に見た、きれいなシュートフォームとセンターライン付近から真っ直ぐに入るシュートに驚いた黄瀬は、すぐに真似ようとチャレンジした。 シュートフォームはほぼ間違いなく模倣できたはずだった。 伸ばした両腕から放たれたボールは、高く美しい弧を描く事はなく、ゴールには入らなかった。 青峰に続いて、見ただけでは再現できないすごいプレーをする奴がまだいるのかと、興奮した勢いで、スゲーっスね!と伝えたら眼鏡越しに酷く冷めた視線を無言で返されたのも覚えている。 それはまるで、すごいと言われる事ではないと否定された様に感じた。 緑間にとって、ロングシュートが入るのは当然の事で称賛されるものではないのだと知ったのはそれからしばらく経ってからだった。 「動けるようになったか?」 水のペットボトルを渡されて、黄瀬はそれを黙って受け取った。 ボトルの半分ほどを一気に飲んで、もう一度タオルで顔を拭く。 疲労で痺れていた足は、少し動かせるようになっていた。 「だいじょうぶっス」 強がりを含めて、黄瀬は飛び跳ねるように立ち上がった。 目の前に近付いた緑間の顔は無表情で、眼鏡の奥の目はその感情が読みとれない。 「無理をするな。さっさと着替えて帰れ」 「はいはい。わかってるっスよ」 そう言う緑間もまだ汗で色の滲んだTシャツのままで、練習を終えたばかりの姿をしている。 部活の練習後、下校時刻までは体育館を自由に使えたが、下校時刻ぎりぎりまで居残る部員は少なかった。 監督か部長か、それとも他の誰かの指示なのか、体育館の鍵を閉めるのはいつも緑間で、下校時刻が近付くと居残っている部員たちを追い出していく。 緑間が空いているゴールを利用して、黙々とシュート練習をしている姿は黄瀬も何度か見た事があった。 集中しているのか、周りには一切目もくれず、ただひたすらにゴールを目掛けてシュートを放つ。 誰も近寄らず、誰も邪魔をしない。 体育館の中で、そこだけが特別な空間のように見えた。 緑間のシュートがほぼ100%落ちないのは努力の上に築かれた技術なのであれば、模倣するのは容易でないとわかる。 黄瀬はボール籠を用具室に片付けると、体育館を出た。 重い扉が閉まる音を背中で聞きながら部室に戻る。 (あ、またタオル・・・) 首に掛けていたタオルは緑間のものだ。 (洗って、返せばいいか・・・) 濡れたTシャツを脱ぎ捨てて、シャワー室へ向かう。 今日の1on1を思い出しながら、一人反省会をする。 視覚で捉えた動きが、手足と連動しない。 それは、まだ、身体がバスケの動作を覚えきれていないせいだ。 基礎練習を繰り返し、紅白戦をする部員の動きをトレースする。 それだけで、一軍に昇格出来る程のプレーができた。 ただ、それ以上はまだ難しい。 青峰に勝つ為には足りないものが多すぎる。 出来ないことが悔しくて、黄瀬はシャワールームの壁を叩いた。 *** 部室に戻ると制服に着替えた緑間がまだ残っていた。 衣替えが済んだばかりで、見慣れない半袖のシャツだったが、第一ボタンまでとめ、ネクタイをきっちり締めているのは緑間らしい。 (暑くないのかな) 左手の指には新しいテーピングが巻かれている。 シュートの成功率をあげる為の、左手の爪を保護するのだと聞いた。 さすがに真似する気も起きない真面目さは逆に尊敬に値する。 「緑間っちは青峰っちに勝ったことあるんスか?」 制服に着替えながら、先に帰ろうとする緑間を引き止めた。 それは、純粋な興味だった。 帝光中学バスケ部のレギュラー5人はそれぞれに突出した才能があり、それはどれも簡単に模倣ができないくらい驚異的な技術だった。 では、その才能同士がぶつかったらどうなるのだろう? 「直接勝負した事はないが、勝つのは青峰だろう」 思ったよりもあっさりと緑間が答えた。 百戦百勝を理念に掲げるバスケットボール部で、敗北は認められない。 だからこそ、誰もが勝つ事だけを目標に練習を積み重ねていく。 それは、緑間も例外ではなく、むしろ勝ちにこだわるからこその日々のシュート練習なのだろう。 「そうなんスか?」 その緑間さえも青峰には勝てないと言う。 「動きに型のない青峰をディフェンスするのは難しいのだよ」 それは、尊敬にも似た賛辞。 振り返ると見たこともない穏やかな眼差しが眼鏡の奥に見えた。 いつも無表情で厳しい事を言い、説教じみた口調の緑間を苦手だと思っていたけれど、こんな表情もするのかと黄瀬は驚いた。 そして、それが青峰に向けられたものである事に気付いて、胸の辺りがもやっとする。 「緑間っちは、青峰っちが好きなんスか?」 「オマエはその短絡思考をどうにかした方がいい。余計な問題ばかり起こされても困るのだよ」 深い深い溜息を吐いた緑間はそのまま部室を出て行った。 予想外の反応に黄瀬は慌ててその後を追いかける。 「緑間っち、怒ったんなら謝るっス。ごめんなさいっ」 右腕を掴んで、強引に自分の方へと引き寄せると、黄瀬は深々と頭を下げた。 「だからバカだというんだ。怒ったわけじゃない。呆れたのだよ」 「オレのこと、どう思ってるんスか」 「今言ったのだよ。バカだと・・・」 「ひどすぎないっスか?」 「ひどいと思うなら聞くな」 緑間がテーピングをした指で眼鏡をそっと持ち上げた。 無意識のくせなのだろうけれど、この動作をした後の緑間は少し表情が変わる。 「オレだって緑間っちのこと尊敬してるんスよ」 顔を上げて訴えると、緑間が驚いたように目を丸くした。 「あんなにきれいな動作でシュート打つ人、今まで見たことないっス。だから、緑間っちは青峰っちには負けてないっス」 一旦、口をついたら止まらなくなってしまった言葉が零れていく。 緑間の腕を掴む指にも自然と力が入ってしまう。 青峰に憧れてバスケを始めた。 毎日青峰に挑んで、毎日負け続けた。 いつか勝てると信じて、何度も立ち上がって、それでも勝てない事にどこか安心もしていた。 青峰に勝てないうちは、バスケを辞めなくても済むと思っているからだ。 そんな自分達とは対象的に、ただ黙々と一人でシュートを打ち続ける緑間にも勝てる気がしなかった。 チームで大事なのは自分が何をすべきか考えることだと言ったのは、黒子だ。 緑間は自分の役割をちゃんと知っている。 だから、簡単に負けを認めて欲しくなかったのだ。 「なんでオマエが悔しそうなのだよ」 「緑間っちが負けるとか言うから・・・」 「言ってないのだよ」 「言ったっス」 「言ってない」 「言った」 「しつこいのだよ、黄瀬」 べしっと額を叩かれる。 「痛いっスよ!」 思った以上に響いた痛みで緑間を掴んでいた手を放してしまった。 「オーバーワークを繰り返すと疲労が蓄積して故障しやすくなる。青峰に挑む負けん気は買うが身体に負担をかける方法は感心しないのだよ」 「なんで、そんな事・・・今、言うんスか」 「今言わずにいつ言えばいい?オマエはいつもオレの話を聞こうとしないからな」 「そ、そんなこと・・・」 言い返そうとして、言い返せなかった。 緑間の話はいつも真面目で厳しくて難しくて、聞いてもよく理解できなかったのは、聞こうとしなかったからなのだろうか。 (・・・ずっと心配されてたって思うのは、図々しいかな?) 目の前の緑間はいつもと同じ無表情で、やっぱり何を考えているのかよくわからない。 いつも倒れて動けずにいる自分にタオルと水を渡してくれるのは、緑間だった。 動けるようになるまで、静かに側にいてくれるのも緑間だ。 (なんで、気付かなかったんだろ) 極彩色の世界が楽しくて、その中の青色ばかりを追いかけていたから、他の色がよく見えていなかった。 こんなにもたくさんの色が溢れているのに。 「緑間っちは優しいっスね」 思った事をそのまま言葉にしたら、緑間は小さく溜息を吐いて校門の方へと歩き出した。 「え?スルーっスか?ちょっと、緑間っち、待って」 黄瀬は再び先を行く緑間を追いかけるとその隣りに並んだ。 校門までのほんの数分、無言だったけれど、少しずつ鼓動が早くなっていく。 「緑間っち、また明日」 別れる時にぶんぶんと大きく手を振ったら、緑間は背を向けた後で片手をあげてくれた。 そんな些細な事が、初めて嬉しく思えた。 終わり |
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2012/07/12 |
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帝光中学時代。2年生。 |
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