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真面目すぎるしバスケバカだから、恋愛なんてしたことないんだろうなと勝手に思っていた。 「女の子と付き合ったことがあるんですか?」 黒子が淡々と聞き返す声が聞こえて、黄瀬は振り返った。 緑間と向かい合わせで弁当を食べていた黒子と目が合うと、失敗したとは思いつつ笑ってみせる。 昼休み、学校の屋上で、お昼を食べていた時の事だった。 「付き合うというには、幼すぎたのだよ」 正しい箸の持ち方で、弁当箱のご飯を一口ずつ丁寧に食べる緑間は、少し照れたように目を伏せた。 「好きだったんですね」 笑う黒子に答えはなかったけれど、それは、無言の肯定だったのかもしれない。 恋愛感情で誰かを好きになる事はないと、勝手に思っていた。 (ちゃんと人間だったんだ・・・) 頭の片隅で、そんな風に思う。 自分の中にある緑間のイメージは、少し口煩い、真面目で変な人だ。 今日もラッキーアイテムだと言って、野球のバットを持ち歩いている。 好きな相手には、態度も変わるのだろうか? 相手が女の子であれば、また雰囲気が異なるのだろうか? ふとした疑問が浮かぶ。 (緑間っちが好きな子の相手をするときってどんな感じなんだろ?) きっかけは、そんな些細な事だった。 *** 緑間が自分の事を好きになれば、態度が変わるかもしれない。 好きな相手への疑似体験くらいはできるのではないか。 ふと思いついたからには、試してみたくなるのは、人の常だ。 「緑間っち〜」 好きになってもらうにはどうしたらいいのか。 それは、得意分野のはずだった。 名前を呼ぶ。 用もなく話しかける。 笑いかける。 この三つで、大抵の人間は好かれていると思いこむ。 さりげなく触れる。 優先する。 良く見詰める。 さらに三つ追加すれば、相当な鈍感でなければ、好意を持たれてると気付く。 偉い立場の大人も女の人も同級生もそうやって良好な関係を築いてきたのだ。 難しい事ではないはずだった。 「今日の練習メニューはなんスか?」 背後からその手元を覗き込むと、自然と密着する形なる。 緑間は特に動揺も見せずに練習メニューの書かれた紙をとめたクリップボードで、黄瀬の頭を叩く。 「くっつくな」 「なんでっスか?」 頭を抱えて上目遣いに見詰めると、冷ややかな視線に見下ろされる。 「理由が必要か?」 「聞きたいっス」 「思ってた以上に短絡的なのだよ」 溜息とともに視線を外される。 それ以上の答えは返ってこなかった。 緑間の言う事がよくわからない。 (嫌われてる感じじゃないんだけどな) 緑間に追い払われて、しかたなくコートの中に戻ると、黒子と目が合う。 「どうしたんスか?」 「緑間くんはむずかしいですよ?」 「え?なにがっスか?」 「見えていることだけが全部というわけじゃないということです」 「緑間っちが?」 「黄瀬くんは、緑間くんに全部見透かされてるとは思わないんですか?」 黒子はそう言い残して、青峰に呼ばれてパス練習に行ってしまった。 (見透かされてる?) 振り返ると緑間は桃井と真剣な顔で話をしている。 練習メニューの話なのか、部員の話なのか。 内容まではわからない。 黄瀬はぶんぶんと頭を振って、練習に集中した。 惑わすつもりが惑わされるわけにはいかないのだ。 練習を一通りこなして、休憩の合図があると一気に汗が噴き出してくる。 タオルを首にかけて水を飲んでいると、目の端に緑間の姿があった。 赤司に何か難しい事を言われたのか、額をおさえながら、言い返している。 (今日、ボールに触ってない?) 練習の指示を出す姿は見ていたけれど、練習をしている姿は見ていない気がした。 「みどちーん」 紫原が緑間に近付くと、背後から抱きついた。 緑間の頭越しに赤司と会話をしている。 スキンシップが苦手なのかと思ったが、紫原をそのままにしているところを見るとどうやら違うらしい。 自分との対応の差があからさまな事がなんだか腹立たしくて、黄瀬はその場に座り込んだ。 イライラとする気持ちを抑えるように、ドリンクボトルの中身を空にする勢いで水を飲んだ。 「あまり、見ない方がいいと思いますよ」 今まで全く気配のなかった隣りから声がして、黄瀬は数センチ飛び上がった。 「く、くろっこっち?」 「ずっとここにいました。黄瀬くんは嘘つきですが嘘をつくのが下手ですね」 「嘘つきって、そんなことないっスよ」 「今日は緑間くんを気にしすぎです。なにかあったんですか?」 教育係という立場のせいか、黒子には色んな事を指摘されてきたが、こんな風に言われるのは初めてだった。 「なんでもないっスよ」 「練習中は集中しないとケガをしやすくなるので、気を付けてください」 「わかったっス」 見透かしているのは、黒子の方ではないのだろうか。 黄瀬は苦笑いを浮かべて、汗を拭った。 *** 「アレは、どうしたんだ?」 赤司が緑間の持つクリップボードを見ながら可笑しそうに笑う。 「知らん」 緑間は眉間に寄せた皺を深くして、溜息を吐く。 「お前に好かれたいようだね」 「嫌った覚えはないのだよ」 「そうじゃないことには気付いているんだろ?」 「面白がるな」 テーピングをした指で眼鏡を持ち上げた緑間は、先程決定した事項をシャープペンで書き込んでいく。 「そう言うな。放っておいたら次にどんな反応をするのか楽しみじゃないか」 「相手にするなと?」 「それはお前の好きにすればいい。嫌っているわけじゃないんだろう?」 「みーどーちーん」 休憩時間に入ってからずっと背中に張り付いたままの紫原が、緑間の手からシャープペンを取り上げる。 「紫原・・・」 「ねーえー。みどちんは、きせちんのこと好きなの?」 「嫌いじゃないと言っているだろう。返すのだよ」 「じゃー、ちゅーしてー」 「断る」 自分より10センチ以上も背の高い紫原に、ぎゅうううっと背後から抱き締められて、緑間は身動きが取れなくなる。 仕方なく、緑間はされるがままに身を預け、手にしていたクリップボードを赤司に渡した。 「明日はそれでいいんだな」 「そうだね。そうしよう」 赤司がそっと黄瀬の様子を伺うと、今までに見たこともないような怒りと驚きをないまぜにしたような表情で緑間を見ていた。 紫原が甘えたように抱き締めているからだと思えば、本当に単純明快な性格なのだと、可笑しくなる。 「赤司、笑ってないでこれをどうにかしてくれ」 「ちゅーのひとつくらいしてやればいいんじゃないか?」 「黄瀬を煽るな」 「なんだ、気付いてたのか」 「オマエもだ、紫原」 「だってぇ、きせちんばっかりずーるーいー」 「何がだ」 「みどちんがしてくんないなら、俺がする」 紫原が緑間を後ろから抱き締めたまま、覆いかぶさるように顔だけを近付けてその頬にキスをする。 見える角度によっては、口にキスをしているようにも見えただろう。 赤司はクリップボードで顔を隠しながら、肩を震わせて笑った。 「オマエ達は・・・」 怒るでもなく、呆れたように溜息を吐くだけで済ます緑間も相当意地が悪いと、赤司は思う。 黄瀬が見ている事であらぬ誤解を招きたくなかったのではなかったのか。 緑間の本心までは、さすがにわからない。 そんな緑間にも、そして黄瀬の視線にも気付いていて無理にキスをする紫原も独占欲が強すぎるのではとも思うが、いまのところ支障があるわけではないので、特に咎めはしなかった。 「明日は朝練から参加できるのか?」 「痛みはもうないんだが、これから病院に行って確認をしてくるのだよ」 「代わりはいないのだから、大事にしてくれよ」 「・・・、すまない」 緑間がふと口元を緩めて、穏やかな表情になる。 無表情に見えて、意外と感情豊かなのだと思い出すのはこんな時だ。 その不器用な部分があるからこそ、愛しい。 「紫原、手を放すのだよ」 「送ってく?」 「そこまで酷くはない。オマエは少し真面目に練習しろ」 「はいはい。じゃあねぇ」 説教から逃げるように紫原は緑間から離れると、赤司の隣りに並ぶ。 「また明日」 「ああ」 緑間は足元のタオルとドリンクボトルを持って体育館を出て行った。 階段から落ちそうになった一年生をかばって、左足を軽く捻ったと報告を受けたのは、昼休み前だ。 保健室で湿布を貼ったというが、足首の捻挫は性質が悪いと、部活を休んで病院に行くことを勧めたのは赤司である。 ただ、部活中にしようと思っていた打ち合わせが残っていた為、今まで引き止めていたのだ。 練習をするわけではないのだから、制服のままで良かったというのに、Tシャツとハーフパンツに着替えていたのは、他の部員に気をつかったのかもしれない。 「緑間っちはどーしたんスか?」 1on1の合い間に、黄瀬がやってきた。 さっきまですごい形相で緑間を睨んでいたとは思えないくらい、にこにこと笑っていた。 自分の容姿に自信があり、その使い方を熟知しているのだ。 黄瀬の人懐っこさを嫌う人間は少ないだろう。 「帰ったよ」 「え?なんでっスか?」 「黄瀬には関係ないだろう?練習に戻れ」 「は、はいっス」 しゃんっと背筋を伸ばしてコートに向かって走っていく。 (もったいないな) なにも労せずに手に入れられてしまうのは、少し面白くない。 緑間が欲しいわけではないけれど、誰かのものになってしまうのは惜しいと思う。 「あかちん、怖い顔してるよ」 「そう?」 「俺が欲しいのに」 「あげないよ」 「きせちんならいいの?」 「それは緑間に選んでもらう」 賢くて、聡くて、真面目な緑間と一緒にいるのは、居心地が好い。 その時間をとられてしまうのであれば、邪魔をしたくなるのが心理だ。 (簡単に手に入ると思わないことだ) 言葉では言わないけれど。 赤司はにっこりと笑顔を浮かべて、黄瀬の背中を眺めた。 終わり |
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2012/08/24 |
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帝光中学時代。2年生。 |
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