繰り返す事の意味を探すことの無意味 side黄瀬

 
     
 


パスを受け取ったつもりで、シュートを撃つ。
同じ動作を繰り返す。
五回、十回、五十回。
飽きることなく、繰り返す。
繰り返す事で得られるものが何であるかは、わからない。

「何が違うんスか?」

寸分違わないフォームで、真っ直ぐにボールはゴールに音もなく吸いこまれていく。
100%の確率でシュートは落ちない。
それでも、毎日、毎日、繰り返す。

「何がとは何が?」

同じようで、けれど難解な問いが返ってきた。
汗で濡れ、色の変わったTシャツの背中を眺めながら、黄瀬は持っていたボールを上に放り投げる。
自分の声が聞こえていた事にも驚いたが、さらに返事があった事にも驚く。
集中はしているけれど、意外と色んな音や声が聞こえているのかもしれない。

「毎日同じ事を繰り返してるじゃないっスか。緑間っちのシュートは落ちないのに、毎日違ったりするんスか?」

繰り返す事の必要性が理解できない。
もちろん、忘れない為の練習なのかもしれないけれど、何十分も何時間も繰り返さなくても良いのではないかと思う。

「練習で100%落ちなくても試合で落としたら終わりなのだよ」

ボール籠に残っていた最後のボールを手にして、緑間がシュートを撃った。
天井へと高く伸び、半円の軌道を描いて、ボールはゴールへと突き刺さる。

「ただの臆病者だ」

緑間は床に転がったボールをひとつひとつ拾って、籠へと戻していく。
その動作も繰り返しの延長である。
毎日繰り返される事のひとつ。
同じ。
毎日同じ。
見ているだけでも辟易する。
あまりにも同じすぎるから。
『ならば、見なければいいのだよ』
そんな幻聴が聞こえてくる。
『だって、目が離せないんス』
真っ直ぐに伸びた背筋と両腕、それから美しく落ちることのないシュート。

「シュートをはずすのが、怖いんスか?」

誰よりも真面目で、誰よりも努力をする人の理由がひと言で済まされるわけがない。
もっと、他に意味があるに違いない。
緑間の事はよくわからないけれど、それくらいはわかると、黄瀬は思った。

「ああ」

静かな体育館に静かな声が響く。

「ウソっスよね?」
「何故そう思う」
「緑間っちがオレに本音を言うなんて、どうして信じろと?」

持っていたボールを籠に放り込んで、緑間に近付く。
身長差は六センチ。
すぐそばにレンズに阻まれた深緑色の瞳がある。
長い睫毛が何度か瞬きを繰り返し、間近の黄瀬を見詰めた。
その目を見詰め返して、笑う。

「・・・信じる信じないは自由なのだよ」
「じゃあ、信じない」

断言する。
緑間の言葉に嘘はない。
それは、知っている。
だから、信じない。
独りを好む人が弱音を吐くなんて。

「気付いてる?」
「何を」
「キスできる距離」

黄瀬は一歩踏み出して、緑間と口唇を重ねた。
思いのほか冷たい口唇だった。

(ああ、生きてないのかも)

そんな事を本気で思う。
抵抗もせず、そのまま全部を受け止めるだけしかしない人は、優しくない。
触れただけで口唇を放し、そのまま緑間を抱き締める。
汗で湿った感触が背中にまわした手のひらから伝わり、触れ合う身体からは体温を感じた。
生きているはずなのに。
どうして、こんなにも遠く感じてしまうのだろう。

「黄瀬?」

耳元に響く声。
低くて、甘い。
こんなに近くで聞こえるのに、物足りなさばかりがつのる。

「もっかい、呼んで」
「・・・黄瀬」
「オレは怖くないっスよ?」

もし、何かを失敗しても一度きりで終わらない。
誰もがそれを責めるなら、自分が唯一の味方になろう。

(そうすれば、ずっとそばにいることができる・・・)

ゴールしか見ていない人をどうすれば手に入れられる?
毎日同じ事を繰り返さないと、不安でたまらず、怯えるような弱い人。

(ウソツキ)

そんな弱さは欠片もないくせに。
一人で、自分の両足で、どんな場所にも立てるくせに。

(オレにだけ、どうしてウソをつく)

ぎゅうぎゅうと両腕に力を込めて、隙間なく密着する。
こんなにも違う人間なのだと確かめる。

「オレは、オマエが怖いのだよ」

今日はどうしたというのだろう。
緑間が嘘ばかり言う。
黄瀬の中に少しずつ少しずつイライラともやもやが溜まっていく。
このままここで押し倒して無理矢理犯したら何か変わるだろうか。
白い肌に傷を付け、痕を付け、それから、めちゃくちゃにしてしまいたい。

「黄瀬」

もう一度名前を呼ばれたから、返事のかわりに抱き締める腕を少しだけ緩めた。
耳朶に、顎に、首筋に。
口唇で触れる。

「怖くないっスよ?」

湿った熱がお互いの間に籠る。

「嘘つきはどっちだ」

緑間が笑った気配がした。

(ずるいな)

見えてない場所でばかり、笑う。
その顔が見てみたいのに。

「黄瀬は、覚えているか?」

ふと、緑間が問う。

「何を?」

緑間の言う事は、半分くらいしかわからない。

「オマエも同じ事を繰り返しているのだよ」
「え?」
「オレに何が違うのかを問いかけ、その答えが嘘だと言い、ボールを拾うふりをして近付き、キスをして抱き締める。何度も繰り返したところで、オレの答えは変わらないし、オマエは納得しないのだろう?それこそ、繰り返す理由がわからない」
「してないっスよ!」
「覚えていないのか。それとも納得していないから、忘れるのか」
「違う。ウソつくなよ」
「黄瀬」
「オレは、緑間っちの事を・・・」


どうしたい?


困らせたい。押し倒したい。
キスしたい。犯したい。
泣かしたい。好きになりたい。
笑わせたい。苦しめたい。


愛したい。


「めちゃくちゃにしたい」

同じ事を繰り返したくない。
そんな毎日は、つまらない。
同じ事を繰り返し続ける緑間が嫌いだった。
飽きもせず、延々と同じ事を繰り返す。
変化はいらないと。
自分以外はいらないと。
拒絶する背中が、嫌いだった。
気が済むまで、一度も振り返らない緑間が嫌いだった。
抱き締めれば、こんなにも近くにいるのに、傍にいない。
だから、何度も。
繰り返していた。
そして、思い通りにならなくて、悔しくて、情けなくて、記憶から消していた。
きっと、そうだ。

「バカだな」

呆れたような声と溜息の後、黄瀬は緑間に抱き締められていた。
背中にまわされた手が温かい。

「うるさいっス」

それは、誰よりも自分が良く知っている。
上手く笑う事ができずに、声が震えた。
情けなくて、恥ずかしい。
緑間はシュート練習と同じように、何度繰り返しても受け止める。
そして、返さない。
それは、一体何に怯えているのだろう。

(オレ・・・?)

自分の事を臆病者だと言った。
練習で100%成功しても試合ではずすかもしれないのが怖いと言った。
抱き締め返したら、終わりだとでも思っていたのだろうか。

「緑間っち」

返事はない。

(オレの事、好きになった?)

何度も受け止めているうちに、動こうとしない気持ちが変化したりしないだろうか。

「オレは怖くないっスよ」

繰り返す。
同じ事を何度も。



終わり



 
     
 

2012/10/11

 
     
 

帝光中学時代。2年生。
黄瀬くんにだけ弱音を吐く緑間くんを、
書こうと思っていたのに、な。
おかしいな。
黄瀬くんに弱音を吐いても、
黄瀬くんは信じてくれないから、
自分の弱さを責められずに済むので、
緑間くんはちょいちょい、黄瀬くんにだけ、
本当の事を話します。
黄瀬くんは信じてくれないけど(笑)。