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無意識の産物 |
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教室の片隅に人影が2つ。 定期試験前の一週間は部活が強制的に禁じられる。 放課後の図書室は、普段の倍以上の利用者で埋まり、最終的に校内で勉強ができる場所は教室しかなかった。 試験範囲の数学の問題集を黙々と解いていく左手には、隙間なくテーピングが巻かれている。 回答欄は空欄ができる事もなく、埋まった。 「緑間っち〜、問3〜」 黄瀬は、緑間と向かい合わせに座って、同じ問題集を開いていたけれど、進行具合は全く異なっていた。 「x=−5、y=−4」 他の問題を解きながら、よどみなく答える。 「ちょ、まって。答えだけっスか?」 一緒に勉強しているのだから、解き方を教えてくれてもいいのではと、黄瀬が責めると呆れたような溜息が返ってくる。 「オマエに連立方程式が解けないわけがないのだよ。バカにしてるのか」 黄瀬の成績は悪くない。 常に平均より上くらいをキープしている。 もちろん、緑間の言う通りわからない問題ではなかった。 「・・・ちょっとくらいバカっぽいふりをしてた方が、楽なんスよ?」 勉強ができると知られたら、妬み僻みの元となる。 これ以上、面倒な問題を抱えたくはない。 円滑な学校生活を送る為に培ってきた関係に本来の自分は半分しかいない。 「ならばそーゆー楽な友人たちと共にいればいいだろう」 「やだ」 緑間はそんな自分とは対照的にうわべだけの人間関係を築こうとはしない。 偽りの自分を装うという考えは理解できないだろう。 周囲から変人扱いされたとしても自分を曲げる事をしないのは、いっそ潔すぎて眩しかった。 だからこそ、何も演じずに済む緑間の側の居心地の好さは、何物にも代えられなかった。 「だったら黙って終わらせろ」 「じゃあ、問6〜」 「問題を解いてから言え」 手元の問題集からほとんど目をはなしていないくせに、良く見ている。 言われたように、黄瀬はまだ問6の回答欄を記入していなかった。 「x=7、y=8」 先に口頭で答えて、シャープペンを投げ出した。 ころころと転がって、消しゴムにぶつかってとまる。 「自信があるなら聞くな」 それは正解である証拠だ。 「答え合わせっスよ」 「する必要もない」 緑間の言う通り計算問題を間違う事はない。 (どこまで知ってんの?) 同じクラスでもなく、成績の話だってほとんどしていないというのに、ある程度の学力を把握されている。 それが赤司からの情報なのか、自らが調べたのかはわからない。 どちらにせよ、それだけ意識されているとわかれば、自然と口元も緩んでしまう。 「緑間っち〜、終わったっス」 正確に言えば、全く終わってもいないのだけれど、これ以上は集中力が続かなかった。 試験まではまだ日もある上、そこまで急ぐ必要もない。 どこでやめようと咎められはしなかった。 「だったら、帰れ」 冷たく言い放つ緑間は、まだ問題集と向き合ったままだ。 顔を上げもしないので、目が合う事もない。 「緑間っちは?」 「まだ時間がかかるのだよ」 「じゃあ、待ってるっス」 「待たなくていい」 「やだ」 わがままを言う。 試験勉強はただの口実で、緑間と一緒にいるのが目的だった。 「黄瀬」 緑間の手がとまり、目線だけが向く。 「一緒に帰りたいって言った」 SHRの後、緑間を誘いに来たら、学校で試験勉強をするから先に帰れと言われた。 それなら自分も一緒に勉強すると、半ば強引にこの場所を確保したのだ。 それでもさすがに日が暮れ始める程続けていれば、飽きもする。 「・・・勝手にしろ」 緑間の手が再び問題を解き始めた。 頭の中がどうなっているのか不思議に思えるほど、数式を書きこんでいく。 見ているだけでは、よくわからない。 「問題集をここまで終わらせたご褒美ちょうだい?」 「バカか」 冗談もひと言でつぶされる。 会話にもならない。 緑間が問題集に集中していると、邪魔をしたくなるだけだ。 「べつにご褒美じゃなくてもいいんスけど」 その身をのりだして、緑間の頬を両手で包むように触れ、自分の方を向くように抑えた。 そのまま口唇を重ねて、緑間の閉じた口唇を割って舌を絡ませ、その奥まで形を辿る様に舐めつくせば、抗おうと伸ばされた指先が震えているのがわかる。 丹念に味わった後で、最後に口唇を吸い上げて離れれば、息苦しさに潤んだ瞳が揺れていた。 「ごちそうさまっス」 にっこりと笑って見せると、緑間は眉間に皺を寄せ、袖口で口唇を拭った。 「それ、ひどくないっスか?」 「どっちがだ」 少なくとも口付を交わしていた時間だけは、お互いのことしかなかったはずなのに。 離れた瞬間、現実に戻ってしまう。 「緑間っち〜」 甘えたように呼ぶけれど、さすがに反応はない。 どこまでをノルマとして自分に課しているのかわからないが、数式だけが並ぶ問題集はそろそろ終わりに近付いている。 「ねえ・・・」 机の上に組んだ両腕に顎をのせて、上目遣いに呼び掛ける。 緑間の意識を逸らすのは、意外と簡単で難しい。 「なんだ」 少し遅れて返事があった。 嬉しいと、黄瀬は笑う。 「帰りたくない・・・」 そう呟いたら、緑間の手が止まった。 「・・・明日もあるのだよ」 「明日までが長いんスよ」 「明後日もあるだろう?」 「今がいいんスよ」 答えのかわりに、右手でそっと頭を撫でられた。 その優しさが心地好くて、黄瀬はわがままがやめられない自分を笑った。 「帰るか」 そして、緑間が容赦のない決断を下す。 「・・・緑間っちって、ほんとに意地が悪いっスよね」 「善人になったことは一度もないな」 「そっちの方が好きっス」 「じゃあ、さっさと片付けろ。一緒に帰るのだろう?」 黄瀬が上体を起こして、軽く伸びをすると、微笑を浮かべた緑間と目が合った。 鮮やかに、意識が覚醒する。 「やっぱ帰りたくないっス」 無意識の産物程、性質の悪いものはない。 こんな時ばかり、見たこともない表情をする。 「勝手にしろ」 そう言いながらも緑間は席を離れなかった。 「置いていかないで」 「どっちなのだよ」 「緑間っちってさぁ・・・」 ペンケースと問題集をカバンに放り込んで、黄瀬が席を立つ。 「オレのことかなり好きっスよね?」 「・・・オマエほどじゃないがな」 カバンを肩にかけ、緑間が先に教室を出ていく。 (それは、どっちの意味で・・・?) 黄瀬はそれを追いかけて、廊下で並んだけれど、何も言えなかった。 終わり |
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2012/10/15 |
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帝光中学時代。2年生。 |
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