あてのない旅

 
     
 


どこか遠くに行きたい。
夜中に思いついて送信した一通のメールは、確かに届いていた。


***


翌日の早朝、最寄の駅で待ち合わせをした。
始発の電車に乗って、とりあえず南を目指す。
名古屋できしめん食べたいっス。
大阪もいいっスね。
たこ焼きとお好み焼き食べたいっスね。
休日の始発の電車に乗る人は少なく、二人は並んで座れた。
お好み焼きには良い思い出がないのだよ。
苦虫を噛み潰したような顔で、緑間が言う。
それを見て、黄瀬は笑った。
窓の外はまだ暗く、夜は明けていない。
電車はがたごとと一定のリズムを刻んで、南へと向かう。
マフラーとコート。
それから、薄汚れたスニーカー。
標準より大柄な二人が電車に並んで座っていても誰も咎めない。
見えないように手を繋いで、二人は一緒に目を閉じた。
起きたら、きっと青空が広がってる。
そう思った。


***


終点のアナウンスが遠くで聞こえた。
黄瀬がぱちりと目を開けると、正面の窓の外はもう明るくて、夜明けを見損ねてしまったと少しだけ残念に思った。
隣りを向くと緑間は起きていておはようと言った。
寝顔を見損ねたと、それも残念に思う。
いつ起きたのだろうと少し心配しながら、マフラーを巻きなおした。
終点で降りた駅は知らない町だった。
駅名は見たことがあるかもしれなかったが、降り立ったのは初めてだ。
おなかすいたっスね。
冷たい風がホームを通り過ぎていくから、身を縮めた。
そうだな。
次の電車はまだ決めていない。
寒いから、そばかうどん食べないっスか?
階段を上って改札を出たところに立ち食い蕎麦屋があった。
二人は天ぷら蕎麦を頼んだ。
温かい蕎麦の湯気でくもる眼鏡をはずして、緑間は蕎麦をすすった。
ひと気のない駅は静かで、ホームのアナウンスがいつもより大きく響いて聞こえる。
お兄さんたちは旅行かい?
蕎麦屋の割烹着を着たおばちゃんが笑いながらコップの水を注ぎ足してくれた。
ちょっと遠くに行ってみようって思ったんスよ。
黄瀬がにっこりと営業スマイルを見せれば、母親より年上であろう女性もにこやかにそりゃいいねぇ。今日は晴れるっていうから旅日和だね、と機嫌の良く応える。
緑間はその隣りで静かに蕎麦を食べ終えて、コップの水を一口飲んだ。
ごちそうさまでした。
二人は同時に告げて、再びホームに戻った。
次の電車まで後五分ほど時間がある。
どうして、遠くに行きたいのだよ。
緑間がぽつりと訊いた。
遠くじゃなくてもいいんスけど、緑間っちと一日一緒にいたかっただけっス。
誰もいないホームは、冬特有の冷たく澄んだ空気に包まれている。
黄瀬は緑間の返事を聞く前にそっと唇を重ねた。
食べたばかりのかつおだしのそばつゆの味がして、笑いそうになるのを堪える。
近づいた距離で見詰め合えば、お互いの気持ちが伝わるようで、恥ずかしくもあり、嬉しくもある。
遠くに行かずとも一緒にいることはできるのだよ。
ぽんぽんと、優しく頭を撫でられて、黄瀬はしがみ付く様に緑間を抱き締めた。
2番線に電車が到着するアナウンスが流れる。
次の電車はどこまで行くのだろうか。
目的地を決めないまま、二人は電車に乗り込んだ。


***


背中に日差しを受けて、電車の中で心地好い温かさに包まれる。
窓の外の景色は冬枯れた、少し灰色が多い。
それでも、見慣れぬ山や田んぼや川が珍しい。
向かい合わせの4人用の席で、窓側に向かい合わせに座った二人は通り過ぎていく外を眺めていた。
いろんな柵(しがらみ)を今は全部忘れて、ただ、一緒にいたいというそれだけの為に電車に乗っている。
かけおちみたいっスね。
黄瀬がぽつりと呟けば、する必要がないのだよ、と緑間は静かに答える。
なんで?ずっと一緒にいられないのに。かけおちしたら二人きりでずっと一緒にいられるんスよ?
バカだな。一緒にいることができないのは、今だけなのだよ。あと二年と少し。それだけだ。
え?え?
黄瀬が緑間の言うことを理解できずに目を丸くする。
オマエ次第だがな。
窓の外を眺めたままの目はゆっくりと瞬きをした。
いいんスか?
嘘は言わないのだよ。
電車は一定のスピードでがたごとと揺れていく。
窓の外の青空は同じように過ぎ去って、同じ景色は二度とない。
どうしよう。嬉しすぎて震えるんスけど。
胸の前で握り締めた両手が祈る形になった。
緑間は黄瀬の手の上に自分の手を重ねて、言った。
一緒にいたいのは、オマエだけなのだよ。
まるで、結婚式の誓いのように。
それは、静かで、神聖なもののように思えた。
幼いけれど、本気の恋だった。
黄瀬は緑間の手に唇を落として、それから、笑った。
オレも。オレも緑間っちとずっとずっと死ぬまで一緒にいたいっス。
声が震える。
ちゃんと笑えているだろうか。
この嬉しさはどうすれば伝わるだろうか。
目の前の緑間は花が綻ぶように微笑んでいた。
嘘はなかった。
そこにあったのは、本当の想いだけだった。
それは、行く先のない旅のようだった。



終わり



 
     
 

2013/01/24

 
     
 

※高校1年の黄緑。
これは、pixivでの掲載作品数が、
100件になった記念に書いたものです。
2012年6月3日に初めて黄緑を書いてから、
7ヶ月と20日で、
100本もの作品を書いてきたという、
そーゆー記念です。
こんなハイペースで物語を書くことは、
もう、ないと思うのですが、
ここまで書けたのは、
読んでくださる方がいるという、
ただそれだけです。
本当にありがとうございます。
これからもよろしくお願いします。