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0の距離 |
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学校帰りに待ち合わせた駅前。 黄瀬は約束した場所に約束した時間よりも早く到着していた。 家路を急ぐ人たちの中で、ぼんやりと待つのは嫌いじゃなかった。 自分だけ、時間の流れが違うように感じて、少し得をした気持ちになる。 客引きをする居酒屋の店員の元気な声が、家電量販店のスピーカーの音が、自動車のエンジン音が。 ごちゃごちゃに混ざり合って、ただの雑音に変わる。 音楽プレーヤーから聞こえる好きな歌の隙間にじわじわと入り込んでくるそれは、街が生きているみたいに思えた。 独りだけれど、一人じゃないから、それが落ち着く。 時折、自分の外見に気付いた制服姿の女の子達が寄って来るれけれど、「友達と待ち合わせてるんスよ、ごめんね」とにっこり笑えば、それでおしまい。 簡単だけれど、今はなんとなく笑いたくない気分だった。 条件反射で笑顔になるけれど、それはとても不自然だ。 目を閉じて、音楽に耳を澄ませば、思い浮かぶのはたった一人の姿。 顔が見えないのは、いつも背中ばかりを見詰めていたからだろうか。 いつもどんな表情をしていたのだろう? 思い出そうとすれば、脳内に映る彼は振り向いてもくれない。 (笑ってないのは確かなんだけど) ぎゅうっと抱き締めれば、驚いたように身を引くけれど、突き放しはしない。 それは、二人きりの時だけの特別。 指先をそっと握るように手を繋げば、そのままにしてくれるようになった。 少しずつ、少しずつ、近付いていく距離が、早く0になればいいのにと、望むのは贅沢なのか。 毎日会いたい。 毎日話したい。 それが叶わないと知っているから、きっと、願うのをやめることができない。 目の前を足早に通り過ぎていくスーツ姿のサラリーマン。 将来の自分はこうして仕事を終えたら、家路を急ぐのだろうか 帰る家には、誰かが待っているのだろうか。 そんな、遠い未来を思い描くけれど、色も形もぼんやりしている。 (緑間っちの未来にオレがいればいいのに) 自分の未来に緑間がいることを信じることができないのに。 相手にばかり求めてしまう。 一緒にいる時は、笑って。 見詰め合って。 その顔を脳裏に刻んで。 そしたら、きっと、明日も笑えるから。 「黄瀬」 低い声が、雑音と音楽の隙間から耳に届く。 目を開ければ、すぐ目の前に黒い学ラン姿の緑間がいた。 日が暮れた空の下、街灯とネオンできらめく駅前に、頭ひとつ分背の高い緑の髪は、まるで灯台のような目印だった。 眼鏡のレンズに赤と白と黄色の明かりが反射してちかちかと光った。 「遅くなってすまない」 「待ってないっスよ」 音楽プレイヤーを止めて、イヤホンをはずしながら、つかなくてもいい嘘をついてしまうのは、もう癖のようなものだ。 いつだって笑ってさえいれば、相手を困らせることもない。 自分も困ることがない。 緑間に対してだけは違うけれど。 「オマエは簡単に嘘をつくのをやめるのだよ」 「嘘じゃねえっスよ」 無表情の緑間に向けてにこにこと笑顔になれば、べしっと額を平手で叩かれる。 「いったぁ・・・!緑間っちは簡単にオレの顔を叩くのをやめてほしいっス」 額を押さえて拗ねたように訴えれば、珍しくふ、と口元を緩めた。 「笑った顔よりそっちの方がいいな」 めったに見せない笑顔でそんな風に言うなんてずるい。 一瞬で頬から耳まで熱くなってしまう。 「・・・・・・!突然デレないでほしいんスけど」 「思ったことを言っただけなのだよ。何故照れる?」 「緑間っちにはわからないんスよ」 側にいればその顔を思い出せなかったことさえ忘れるのに、うまくいかない。 毎日一緒にいたらそんなこともなくなるのだろうか。 中学時代はそれが当たり前だったから、その頃の自分がどうしていたかなんて覚えていなかった。 こうして真っ直ぐに緑間の顔を見ていてもきっと明日には思い出せなくなっているような気がする。 それが、とても寂しい。 こんなにも人を見透かすような視線を向けるキレイな両目さえ忘れるなんて、困る。 原因は自分にあるのだと、判っていた。 緑間の顔を忘れないと、日々を過ごせなくなっているからだ。 思い出せば、会いたくなるし、会えないことがつらくもなる。 だから、緑間の顔を忘れることにしたのだろう。 脳みそは時々、勝手に自己防衛をしてしまう。 忘れたくないのに、忘れないと生活できないなんて不便すぎる。 「黄瀬、言いたいことがあるなら、今のうちに言え。聞いてやる」 じっと見下ろすような視線を受け止めていると、不意に甘やかそうとするから、うまく甘えることができない。 できないことばかりを数えて、できることが見えなくなっているみたいだ。 「アンタはどーしてそーいちいち上からなんスか」 「ないのか?」 「あるといえば、あるっス」 言っていいのか、悪いのか。 言ったところでどうにもならないことだとわかっている。 「・・・・・・、緑間っちが好きっス」 できる限りの全部をその言葉に込めて、黄瀬は零れそうな気持ちをぎゅうっと奥底へ押し込めた。 困らせたいわけではないし、自分の弱さを受けて止めて欲しいわけでもない。 知って欲しいわけでもないし、知らないままでもかまわない。 緑間はそうか、と一言だけ応えて、今度は少し乱暴に黄瀬の頭を撫でた。 さらさらな黄色の髪が緑間の長い指にからまって、ほどけて、揺れる。 (好き、だから、忘れたくない) 笑った顔も困った顔も怒った顔も全部、覚えていたい。 目を閉じれば、思い出せるくらいに、残しておきたい。 強くなりたいから、緑間が欲しい。 あたたかな指先を感じて、黄瀬はどうしようもなくて、人通りは多かったけれど、我慢ができなかった。 こんなところで立ち話を始めなければ良かったと後悔してももう遅い。 涙を零すかわりに、緑間にもっと強くぎゅうっと抱きついてその肩口に顔を埋めた。 泣きはしない。 泣きたいくらいに心臓が悲鳴をあげていたけれど、泣かなかった。 「黄瀬っ!」 さすがに人目を気にしてか、緑間が少しだけ声を荒げた。 それでも突き放しはしなかったのは、冗談と本気の違いを悟ったからなのだろう。 こんな時ばかり、上手に空気を読むのだ。 ぽんぽんと背中を優しく叩かれて、黄瀬は回した腕に力を込めた。 「緑間っちの未来をオレにちょうだい」 「できない約束はしないのだよ」 容赦の無い即答は緑間らしかったけれど、まっすぐに突き刺さった。 本当になんて、酷い人。 なのに、伝わる体温が心地好いのだから離れ難くなる。 だから、好き。 「オマエは、オレでいいのか?」 「緑間っちじゃなきゃ、やだ」 恥も外聞もない。 欲しいものは、この温もりを与えてくれる人の全部だ。 こんなにたくさんの人が行き交う駅前で抱きあった時点で、覚悟を決めていた。 後悔はしない。 子供みたいに我がままを言えたら、きっと、もっと、楽だっただろう。 耳元で笑う声が小さく響いた。 「未来の約束はできないが、今のオレでいいならオマエにやろう」 優しい言葉に全身が震えた。 欲しかったものが手に入った瞬間だった。 今という時間は、常に続いていくものだ。 それは、未来に繋がっている。 こんなにも嬉しいことはきっとない。 明日になってもきっと緑間の顔を覚えていることができるだろう。 目を閉じれば、笑う緑間の顔が思い出せるだろう。 日々を共に過ごせるだろう。 「オレも、オレを緑間っちにあげるっス」 子供みたいな約束だった。 それでも二人は本気だった。 人目を気にせず抱き合うくらい。 距離は限りなく0に近付いていた。 終わり |
2013/03/15 |
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すてきな表紙(挿し)絵はtorico様に描いていただきました。 |
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