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殴り合う黄緑 |
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鈍い音と共にバランスを崩したまま、その場に倒れこんだ。 最初に感じたのは痛みよりも先の熱だった。 殴られたのだと、思った。 顔はまずいと気付くより先に瞬時に起き上がって同じように拳で相手の頬を殴り返していた。 眼鏡がかしゃんっと音を立てて床に落ちた。 黄瀬はもう一度相手を殴った。 握った拳が熱かった。 「やめろ、バカ」 再度振りかぶった腕を掴んで止めたのは、青峰だった。 振り解けないくらい強い力で、もう一度殴りたかったのに、それは叶わなかった。 どうして、こんなことになったんだっけ。 そんなことさえ思い出せないくらいだった。 目の前に立つ、緑色の瞳がいつもよりずっと鋭く射抜くように黄瀬を睨んでいる。 恐怖を感じなかったのは、怒りで支配されていたからだ。 緑間の、黄瀬が殴った頬がじわじわと赤くなっていく。 唇の端が切れたのか、血も滲んでいた。 これは、おあいこだ。 だって、自分の口の中も鉄錆の味しかしない。 きっと、どこか、傷ついて血が流れている。 床に落ちた眼鏡と足元の皺になった雑誌を拾った緑間は、黄瀬をそのままに体育館を出て行った。 「お前なぁ…」 「さ、先に手を出してきたのは緑間っちっスよ」 緑間の姿が見えなくなるのと同時に青峰が黄瀬の腕を放した。 「怒らせたのはお前だろ」 「だって、それは・・・っ」 それは、緑間っちが。 その先の言葉が続かない。 「殴られたの、右手でよかったな。さっさとさつきに手当てしてもらえよ」 ぽんっと背中を叩かれて、はっとする。 少し離れた場所で、桃井が怒りを隠さないまま救急箱を抱えていたので、黄瀬はもう困ったように笑うことしかできなかった。 『こんなものに頼るなんてどうかしてるっスよ』 普段は少し気になるだけで、本当はどうでもよかった。 緑間の持っていたおは朝の占いによるラッキーアイテムというのは、日々大きさも形も変えた。 今日に限ってイラッとしたのは、持っていたのがファッション雑誌だったからだ。 それも、自分の載っているのではなく、ライバル誌の。 それだけなら良かった。 まだ、見逃せた。 なのに、緑間が珍しく褒めたのだ。 『確かにこのモデルの男性はかっこいいのだよ』 それは、その雑誌を一緒に見ていた黒子に聞かれての答えだったが、何故か許せなかった。 だから雑誌を床に落としたときに、それを踏みつけて言ったのだ。 『こんなものに頼らなきゃならないくらい弱いヤツなんて強くもなれねえっスよ』 わざとだった。 イライラしていた気持ちをそこにぶつけたのは、八つ当たりでもあった。 どうして、そんなに腹が立ったのか、今思えばよくわからなかった。 雑誌を踏んだまま緑間を見た時、そこにあったのは怒りではなく、冷ややかな視線だった。 瞬間、右手で殴られたのだ。 殴られたからにはやり返すと反射的に手を出した。 「黄瀬くんは、もう少し自覚することが必要です」 唇の端に絆創膏を貼られてる間にいつの間にかそばにいた黒子が溜息を吐く。 「どうして緑間君にムカついたのか、わかってないでしょう?」 「きーちゃん、最低ね」 右から左から責められて、返す言葉もなかった。 緑間が体育館に戻ってきたのは、それから15分ほどたってからだった。 頬に湿布が貼られているのを見ると、どうやら保健室に行ってきたようだ。 憮然とした表情は変わらなかったが、先に帰ると告げにきたのだろう。 桃井に声をかけて、再び体育館を出て行った。 黄瀬はその後を慌てて追いかける。 「緑間っち、ごめんっ」 薄暗い廊下で、叫んだら先を行く緑間の足が止まった。 「それは、本当に自分が悪いと思っての謝罪か」 「そうっス」 「オマエはバカなのだよ」 緑間の声が、ほんの少しだけやわらかくなった。 もう怒っていないのだとわかって、黄瀬はほっと肩の力を抜いた。 「だって、緑間っちがアイツのことかっこいいとかいうから」 「かっこいい人間をかっこいいと言って悪いことはないと思うがな。オマエが何に対して腹を立てたのかわからないのだよ」 「オレもわかんないんス」 「バカだな」 「・・・二度目」 「バカにつける薬はないらしいからな」 「バカなのはわかってるっスから、そんな、バカバカ言わないでほしいっス」 表情が良く見えない廊下の先で、緑間が溜息を吐いた音がする。 「今日は先に帰るのだよ」 「また明日」 明日になれば、いつもどおりに笑えるから。 殴られた頬がじんわりと熱い。 緑間の背中を見送って、黄瀬はその場にしゃがみ込んだ。 (あー、わかったかもしんない) 緑間に腹を立てた理由。 頬の痛みと共に胸の奥の扉が開く音が聞こえた。 終わり |
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2013/05/14 |
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