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まずはそこから |
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「笑えばいいのに」 心の中で呟いたつもりだった。 時々、ほんの少しだけ口元を緩めて、笑う。 ほとんど表情の変わらない緑間が笑うのは、本当に楽しいと無意識に感じている時だけなのだったら、もったいないと黄瀬は思う。 隣りに並ぶことはないし、向かい合わせになることもない。 それでも、見たいと思う。 「何を言ってるのだ」 その声に驚いて、黄瀬はそおっと振り返った。 「緑間っち!?」 「そんなに驚く程の事か?」 「いるとは思わなかったんスよ」 「オマエが呼び出したのだろう?用がないなら帰らせてもらうのだよ」 くるりと踵を返す緑間の腕を慌てて掴む。 「ちょちょちょちょっと待って」 こんな風に触れる事は今までなかったせいか、掴んだ手をどうしたらいいのかわからなくなる。 メールを送ったのは黄瀬だ。 呼び出したのも黄瀬だ。 目の前に本人が現れた途端、何も思いつかない。 余裕が全くない自分に驚くのは、後になってからだ。 「なんなのだよ」 ふ、と溜息を吐いた緑間が立ち止まる。 黄瀬より少しだけ身長の高い緑間を間近で見上げる形になると、黄瀬はますます言葉を失った。 「あ、会いたかっただけっス。メールで呼び出せっていったのは緑間っちっス」 「会えば満足なのだろう?もう用件は済んでいるのだよ」 「そ、そうじゃなくて。そうじゃない」 引き止める言葉が見つからずに黄瀬は緑間を掴む手に力を入れる事しかできなかった。 「黄瀬」 「は、はいっ」 不意に名前を呼ばれて、条件反射のように背筋をしゃんと伸ばして返事をする。 さすがにその反応は予測していなかったのか、緑間が少しだけ目を丸くした。 「オマエがオレに会いたかったというのは理解したのだよ。その先が無計画では話にならん。オレの空腹を満たす時間を与えてやるからその間に答えを探すのだよ」 そう言って緑間は黄瀬に掴まれたまま強引に歩き出した。 黄瀬はそんな緑間に引きずられるようにその腕を掴んだまま追いかけた。 (緑間っちは、変わんないっスね) ほっとしたような、寂しいような複雑な感情を抱えながら、黄瀬は緑間から手を放し、隣りに並んだ。 3分も経たない間に、通りにあったハンバーガーショップに入る。 慣れたように5人前のセットを頼んで、二人は窓側の一番奥の席に座った。 向かい合わせになるのは、珍しくはない。 ただ、こんな風に『何もない』状況で向かい合わせで居るのは、初めてかもしれないと、黄瀬は思った。 緑間が与えてくれた時間。 会いたいから、会った。 では、それから、どうしたいのか。 触れたい。 話したい。 でもどうしたらいいのかわからない。 「緑間っち、わかったっス!」 ハンバーガーをひとつぺろりとたいらげて、黄瀬は背筋を伸ばした。 緑間が真っ直ぐに目を合わせる。 ポーカーフェイスだけれど、本当はそうじゃない。 目は口程に物を言うとは、正に緑間の事だと、黄瀬は思った。 眼鏡の奥の双眸。 そこに今は自分だけが映っている。 嬉しい以外に答えはない。 「オレは緑間っちと会って話がしたいんス」 「40点」 「えええええええええっ」 「オマエにしては上出来なのだよ」 「それ、ほめてんスか?」 「褒めた覚えはないがな」 表情を全く変えないまま、緑間は4つ目のハンバーガーを食べた。 「またメールしてもいいっスか?」 「好きにすればいいのだよ」 「もっと返事ほしいっス」 「0点」 「えええええええええっ」 泣きそうなくらいの情けない声をあげたら、緑間がほんの少し笑ったように見えた。 (わ、らった・・・?) 会いたい。 触れたい。 話したい。 それから。 笑ってほしい。 「緑間っちには負けないっス」 黄瀬はふたつめのハンバーガーにかぶりついた。 「オレがオマエに負けるわけがないのだよ」 「やってみなきゃわかんねっス」 口唇を尖らせて反論すると背筋がひんやりとするくらい冷めた視線が無言で返ってきた。 (ま、負けないっス) 無意識に背筋が伸びる。 「それで、話がしたいんスけど」 会って話す。 まずはそこから。 終わり |
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2012/06/07 |
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黄瀬→緑間。 |
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