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中秋の名月 |
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『今日は中秋の名月で、しかも満月なので、きっとかぐや姫も今夜のような満月に帰ったのでしょうね』 古文の授業中、竹取物語も終盤、教師はそんな風に雑談を交えて説明した。 黄瀬は、単純に中秋の名月とか、好きそう…と眠気と戦いながら聞いていた。 午後の授業はどうしても睡魔に勝てない。 チャイムが鳴った後、携帯電話をポケットから取り出して、メールを打つ。 返事を待たないまま、部活に向かった。 *** 「緑間っち、こんばんはっス」 緑間が家を出てくるのを手を振って迎える 「オマエは、本当に突然だな」 「突然でも付き合ってくれる緑間っちがやさしーんスよ」 「バカか」 少し照れたようにぷいっと顔を逸らすのを見て、黄瀬は笑う。 隣りに並んで歩き出す。 目的地は、少し離れた場所にある公園だった。 月はすでに東の空に煌々と輝いている。 まんまるで眩しいくらいに大きい。 *** 途中の自動販売機でお互いに飲み物を買って、公園の月の見えるベンチに並んで座る。 「満月がこんなにキレイなの、知らなかったっスよ」 「オレは、オマエが中秋の名月など知っているとは思わなかったのだよ」 「やっぱり?今日の古文の授業で聞いたばっかりっス」 「そんなことだろうと思ったのだよ」 緑間は小さく笑って、手にしていたビニール袋を広げた。 取り出したのは弁当箱だった。 「なんスか、それ」 「団子なのだよ」 蓋を開ければ、くしに刺さった三色団子が二本並んでいる。 「あ、お月見!」 「オマエが、中秋の名月だから月見をしようと、誘ってきたのだろう?」 「そうなんスけど、団子まで思いつかなかった」 ほら、と緑間から団子を渡されて、黄瀬はありがたく受け取る。 本当は、なんでもよかったのだ。 緑間と会う口実が欲しかった。 (会いたいだけじゃ、断られてしまうかもしれない) そんなことはありえないと信じきれない自分がもどかしい。 見上げた月は、そんな心も知らんふりだ。 ふと、横を見れば、緑間は団子を食べつつ月を見上げていた。 素直にきれいだなと、その横顔に見惚れる。 月明かりが、緑間の色白い肌をぼんやりと浮かび上がらせているようだった。 「なんだ?」 視線に気付いた緑間が不意に顔を向けるので、言い訳が思いつかなかった。 「え?あ?あー、月がキレイっスよね」 誤魔化すように笑えば、緑間は少し驚いたように目を見開いて、それからまた小さく笑った。 「なんなんスか?」 「中秋の名月も今日知ったオマエが、知らないことなのだよ」 「それって、バカにしてる?」 「さあな」 緑間は団子の串を弁当箱に入れた。 「お月見って普通、するもんなんスか?」 話題を変えようと、黄瀬は最後の一個を食べると、弁当箱に串を入れる。 「京都の、神社などでは平安時代以来続いている伝統的な祭事があるのだよ」 「へー。じゃあさ、今度それに行かないっスか?」 それは、単純な思いつきだった。 緑間が知っているということは、興味があるということだ。 「……、高校を卒業してからなら考えてもいい」 珍しく即答する緑間が嬉しくて、黄瀬は右手の小指を立てた。 「約束っスよ」 緑間の小指と絡めて、指きり拳万を唱えた。 緑間が来年のことさえ、決められない人なのは、わかっている。 だからこそ、これは、大切な約束だった。 「ああ」 満月だからか。 中秋の名月だからか。 月明かりの下で、そっと口付けを交わした。 終わり |
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2013/09/19 |
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※今年の中秋の名月は9/19で満月でした。 |
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