どんぐり

 
     
 


手を繋ぐという行為は、何よりも近くて、何よりも尊い。
指先は心臓と繋がっていると聞いたのは、いつだっただろうか。
最初は隣りを歩くだけだった。
その距離は約50センチ。
日が経つにつれ、少しずつ、少しずつ、近付いた。
それは、ひどく自然であり、何も特別なことではなかった。

「緑間っち、ほら、どんぐり」

手のひらにのせられたその茶色の木の実は秋を象徴するものだった。

「美術の時間にさ、校舎の外に出たら、いっぱい転がってたんスよ。あの木、どんぐりの木だったんスね」

ころころと、手のひらにふたつ、みっつと増えていく。

「こんなにいらないのだよ」
「来週のラッキーアイテムがどんぐりかもしれないっスよ」
「そうであれば、自分で拾うのだよ」
「12個拾ったから、6個ずつ。はんぶんこ」

黄瀬は人の話を聞かずに手のひらに6個のどんぐりをのせた。
自分の手のひらの上にも6個のどんぐり。
数に意味はなかったのかもしれない。
あったのかもしれない。
それを黄瀬が説明することは、なかった。

「仕方がないからもらってやるのだよ」
「ほんとにラッキーアイテムになったら、オレの分も渡すっスよ」

にこにこと嬉しそうに笑う。
足元を舞う、銀杏の葉っぱと同じ色をした髪が揺れる。
制服のポケットにどんぐりを6個、落とさないようにしまった。
それを見つめていた黄瀬が、何もなくなったその手をぎゅっと握り締めてくる。
手を触れ合うという行為は、初めてではなかった。
それでも、繊細な指先に伝わる感触と温度は、いつだって、初めての感覚のようだ。
黄瀬の手のひらは、マメがつぶれて硬くなっている。
負けず嫌いの証拠が、そこに残っていた。

「緑間っち?」
「なんでもないのだよ」

黄瀬の手を握り返して、歩きだす。
二人の間は15センチ。
手のひらは0センチ。
触れ合う指先が優しい。

「オレ、緑間っちのこと、好きっスよ」

前を向いたまま黄瀬が言う。
時々、思い出したように呟くそれは、指先からじわじわと伝わってくるような気がした。
そのうち、絡めた指先と同じ様に雁字搦めになって、きっと解けなくなるのだ。
それは、愛の言葉に隠された、呪いのようだった。

「この手が、離れなくなれば、ずっと一緒なんスよね」

冗談めかして笑うけれど、それが黄瀬の本音だと知っている。

(何故なら…)

何ひとつ似ているところなどないと、誰もが思うであろう、二人の相似点はそこにあった。
ぎゅっと強く握られた手を少し弱く握り返す。
合図を送っているようだった。
言葉にならない、何かが、繋いだ指先から伝わっているのかもしれない。

「離れなかったら、バスケができないのだよ」

本当のことを答える。
同じ事を思い描いたけれど、それは、現実にできない。

(まだ、子供だからだ)

言葉にするのは、黄瀬をけん制する為ではなく、自戒の為だ。
油断をすれば、うっかりオレもなのだよと言いかねない。
それでなくとも、最近は、黄瀬に感化され、飲み込んだ言葉がつるつると零れ落ちてくるというのに。

「それも困るっスね」

さほど気にした様子もなく、黄瀬は足元の小石を蹴った。

「黄瀬」
「ん?」
「好き、なのだよ」

目を合わせることはできなかったけれど、震える指先を隠すように伝える。

「……雪、でも、降るんスか?」
「もう言わん」
「うっそ、うそうそ。びっくりした。嬉しくて」

溜息を吐いて隣りを見れば、耳と頬と首筋が紅く染まっていた。

「そんなに照れるな。こっちが照れるのだよ」
「だ、だって、緑間っちが…」

全部悪いんスよ、と、繋いだ手をぐいっと引き寄せられたかと思えば、そのままぴったりと体を寄せられる。
ぎゅうっと抱き締められれば、指先だけだった温もりが全身へと変わった。

「この手が、離れなくなればいいのに」

黄瀬が、繰り返す呪文を耳元で囁く。
呪いが込められた、愛の言葉。
ポケットの中のどんぐりが、6個。
熱くなった指先は、どちらのものだったのだろうか。



終わり



 
     
 

2013/11/29

 
     
 

※帝光中学時代。
2013年(平成26年)最後に書いた黄緑。