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雨 |
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ぽたぽたと前髪から落ちる滴を受け止めたら、何をしているのだよと、言われた。 雨で濡れた眼鏡をはずした緑間の目は酷くあやふやで、こちらを真っ直ぐに見ようとしてゆらゆらと揺れている。 どれ程、その視力が悪いのだろうかと思いながら、緑間の前髪から零れた雨を受け止めた両手を黄瀬は舐めた。 「バカか?」 「そうっスね。バカかも」 「認めるな」 べしっと右手の手のひらで額を叩かれる。 その手のひらもまた、濡れて冷たかった。 緑間はズボンのポケットからハンカチを取り出して、何よりも先に眼鏡を拭いた。 「緑間っち」 視点の定まらないまま、こちらを見ていればいい。 黄瀬は、眼鏡をかけようとするその手を制止して、緑間に口付けた。 唇もまた、冷たかった。 どれほどの雨を浴びてきたのか。 全身ずぶ濡れで現れたときは、さすがの黄瀬も言葉がなかった。 傘もなく、どうしたものかと生徒玄関で立ち尽くしていた時だった。 数メートル前でさえ見えないような土砂降りの中、勢い良く玄関へと飛び込んできたのだ。 聞けば、忘れ物をしたのだという。 それで引き返していた途中で、突然の雨に降られたというわけだ。 忘れ物をするだなんて、緑間らしからぬ失態だ。 しかも、そんな日に限って、突然の天候の変化。 信じてはいないけれど、今日の占いで蟹座が最下位だったな、と思い出す。 冷えた唇を暖めるように舐めて、水滴を吸うように啄ばんだ。 「黄瀬、オマエも濡れてしまうのだよ」 唇を離した瞬間、そっと突き放される。 「緑間っち、タオルとかないんスか?」 「あるのだよ」 眼鏡をかけた緑間は、いつもどおりのきりりとした目になってしまう。 ゆらゆらと歪んだ目も好きなだけに、時々もったいないと思うのはどうしようもない。 緑間が床に置いていたカバンからタオルを引っ張り出して、濡れた髪を拭く。 珍しくぼさぼさに乱れた髪が珍しい。 それから、上着を脱ぎ、ネクタイをはずし、シャツを脱ぐ。 部室で着替えているのを何度も見ているというのに、この場所が薄暗い生徒玄関だからか、普段よりずっとその肌が色白く映えた。 水滴が背筋を流れていくので、黄瀬は思わずそれを舐めた。 「ひっ」 突然の刺激と感触に緑間の全身が震えた。 「な、何をするのだよ」 「舐めた」 「雨水を舐めたところで、空気中の有害物質が体内に吸収されてしまうだろう。やめたほうがいいのだよ」 「……オレの心配、してくれるんスか?」 「何故心配しないと思い込む?」 緑間が笑ったように見えた。 薄暗いせいだったのと、それが瞬きひとつ分の時間だった為に確かめることはできなかった。 緑間はタオルで首筋と肩と背中を拭いて、Tシャツを着た。 部活用の予備なのだろう。 さすがにパンツの替えはなかったが、上がTシャツなのだから、ジャージズボンでも問題はなかった。 着替え慣れてるせいもあり、緑間は濡れた制服を丁寧にたたんでカバンにしまった。 「緑間っち、もう、くっついてもいいっスか?」 黄瀬は緑間を正面から抱き締めた。 先刻まで濡れていたせいで、腕や肩は冷たい。 「黄瀬?」 こんなにも近くにいるのに。 「このまま雨がやまなかったらどうするっスか」 ここは学校で、まだ校内には教師たちも残っているだろう。 きっと、雨がやまなかったら、傘を貸してくれるに違いない。 帰れなくなることはないのだ。 それでも、聞いてしまうのは、そんな答えを知りたいからじゃなかった。 「やむまで一緒にいればいいのだよ」 「雨がやんだら?」 「一緒に帰ればいいだろう?」 耳元にちゅっと触れる柔らかな感触に黄瀬は身をすくめた。 「緑間っちのそーゆーとこスゲー好きっスよ」 ぎゅうぎゅうと抱き締めて、黄瀬は雨がやまなければいいのにと祈った。 終わり |
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2014年6月11日 22:20 |
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