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好きの欠片 |
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たまたま、自主練後の部室で。 たまたま、二人きりになった。 それは、月に一度もないくらい珍しい事で、二人の間には沈黙が流れる。 気まずいわけでもなく、話す事がないだけだ。 衣擦れの音、ロッカーの扉が開く音、時計の秒針の音。 そんな小さな音まで聞こえるくらいの静寂を破ったのは、黒子だった。 「緑間くんは黄瀬くんの事が好きなんですよね?」 無言で着替える緑間にここしばらくの間、ずっと抱えていた疑問をぶつけた。 それは、半分八つ当たりでもあった。 緑間が時折目で追いかけるのは、黄瀬だけで、他は全て同じである。 スタメン、レギュラー、一軍。 その数は少なくない。 それでも緑間は、常に均等に扱った。 主将である赤司は別として、だ。 緑間の視線が見詰めるのは、黄瀬だけだ。 黄瀬が、黄瀬だけが、緑間の特別である事に気付いてしまったが為に、恨めしく思うのを止められなかった。 緑間はするするとネクタイを締め、上着を羽織る。 それから、黒子を見ずに言った。 「否定はしない」 無視する事もできたはずの疑問に正しく答えた。 それだけ、緑間は本気だという事だ。 黒子はバカな質問をしてしまったと反省しつつ、それでも気は済まなかった。 「どこが・・・?」 「あいつに惹かれない人間がいるのなら、教えて欲しいのだよ。どうすれば好きにならずに済むのかを」 緑間がパタンとロッカーの扉を閉めた。 確かに、それは真理だ。 人よりも優れた外見をし、社交性のある性格も負けず嫌いな態度も、それから、天才的な才能も。 羨み、妬むことはあるとしても嫌悪を抱く者は少ないだろう。 「オマエにも心当たりはあるだろう?」 左手の指にくるくるとテーピングを施していく。 器用な指の動きに見惚れながら、黒子も着替えを済ませた。 「でも緑間くんほどではないですよ」 「そんなにわかりやすいか?」 「いいえ。気付いているのは僕と・・・、まあ、僕くらいでしょうか」 もう一人の名前を出さなかったのは、きっと緑間もそれを知っていると思ったからだ。 「なら、いい」 「隠し通す気ですか?」 「見返りを求めたいわけではないのだよ」 淡々と話す口調に感情は見えない。 好きだとあっさり認めた割には、その想いの強さが黒子にはよくわからなかった。 「では、僕が好きだと言ったらどうしますか?」 「どちらを?」 緑間は驚きもしない。 聡い人は、本当に扱いが難しいと、黒子は笑った。 「もちろん、緑間くんです」 「もう少しマシな嘘をつけ」 緑間にべしっと額を叩かれる。 ああ、やっとこっちを向いてくれたと、黒子は額の痛みさえ嬉しく思えた。 (これもきっと好きという感情のひとつだ) 緑間の視線が自分へと届いているのも嬉しい。 「緑間くんは黄瀬くんしか見ていないじゃないですか」 「・・・オマエにはそんな風に見えているのか」 「違うんですか?」 「どうだろうな。そこまで意識していないのだよ」 本当か嘘か、誤魔化しか。 それを見極めるのは、難しかった。 「一緒に帰りませんか?」 「・・・珍しいな」 「そうでもありません」 緑間のカバンを掴んで、黒子は先に部室を出た。 鍵は緑間が持っている。 「黒子」 緑間に名前を呼ばれるのは、嫌いじゃなかった。 少し低めの落ち着いた声。 説教を受けるのでなければ、耳に優しい。 「緑間くんのカバン、重いんですけど」 「今日は英和辞典が入っているのだよ」 部室の鍵をかけた緑間にカバンを渡す。 きっと教科書も全部入っているのだろう。 家に帰れば復習も予習もきっちりするに違いない。 真面目すぎるからか、真面目だったからか。 人と感覚がずれているからか。 (黄瀬くんを選んだ) 隣りに並ぶ緑間の横顔を見上げた。 その視線に気付いてか、緑間が顔を向ける。 薄暗い廊下でも無表情だけれど整った顔立ちである事は見て取れた。 「どうした?」 「なんでもありません」 首を二度ほど横に振ると、緑間が後頭部をそっと撫でるように触れてきた。 なんでもないはずがないと、言葉では言わないけれどその優しい手が伝える。 自分がもっと笑えたら、自分がもっとバスケができたなら、あの熱く真っ直ぐな視線を貰うことが叶っただろうか。 無いものに焦がれる気持ちは、きっと、消える事はない。 「緑間くん」 「なんだ?」 「僕は、ずっと味方です」 相性は悪いかもしれない。 気も合わないかもしれない。 お互いが苦手だと思っているかもしれない。 それでも、黒子は緑間を嫌いになれなかった。 「・・・それは、心強いのだよ」 緑間が、笑ったように見えた。 黒子はそれが本当に嬉しくて、つられるように笑った。 二人きりの帰り道で並んだ二つの笑顔は、誰も見たことがなかった。 終わり |
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2012/10/18 |
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帝光中学時代。2年生。 |
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