| 戻 | ||
黒緑の日 |
||
抱えた想いを飲み込む事に慣れ過ぎていた。 振り返らない背中をいつも見詰めていたから、それが、当り前になっていた。 見上げなければその表情も見えないくらいの身長差で、特に話す事もないまま日々は過ぎていた。 話そうとすれば、よかったのに。 声をかければ、無視はしない。 饒舌ではないけれど、無口でもない。 行くあてのない視線が街の中で彷徨う。 人間を観察するのは、もうほとんど無意識だ。 視線、思考、動作。 相手によって異なる全てを意識することで、意識を逸らすミスディレクションという技は成立する。 意識を逸らすための、観察。 バニラシェイクのストローをくわえながら、駅前のベンチに座って通り過ぎていく人を見ていた。 「黒子、こんなところで何をしているのだよ」 季節は、そろそろ冬に差し掛かる。 街路樹の色付いた葉のほとんどが散り落ちた頃。 「緑間くん」 素直に驚いた。 ただ、それは、表情に出る事はない。 まさか、緑間の方から声をかけてくる日がくるとは思ってもいなかった。 気付かれないか、もしくは無視されるか、その二択しかないと疑いもせずにいたのだ。 「外でぼんやりするには、相応しくない気温なのだよ。誰かと待ち合わせでもしているのか?」 制服姿の緑間を見上げて、黒子は高校が別だという事を改めて思う。 緑と黒のマフラーは母親の見立てだろうか。 緑間に良く似合っている。 バスケの試合で会う事も多いというのに、自分と異なる制服を着ている緑間を見慣れていない事に気付く。 (選んだのは自分だというのに、どうしようもなく勝手な想いですね) 誠凛高校を選択した際、人事を尽くしていないと入学した後からも言われ続けた。 それでも、新たな環境で生活をしていく上で、その考え方も変化していくのは自分だけじゃないのだと、この半年で十分理解もしていた。 「いいえ。ただ、ぼんやりしてました」 「バカめ」 緑間は溜息をひとつ吐くと、自分が巻いていたマフラーをはずし、黒子に無理矢理巻き付けた。 「緑間くん?」 急に首元がやわらかなあたたかさに包まれる。 「オマエとは鍛え方が違うのだよ」 テーピングの巻かれた指で眼鏡をそっと押し上げて、緑間は黒子から視線をはずした。 マフラーからはほんのりと甘い香りがする。 たぶん、緑間家の洗剤の香りだろう。 中学時代も借りたタオルから同じ匂いがしていた事を思い出して、黒子は笑った。 「ありがとうございます」 「遅くならないうちにさっさと帰れ」 「緑間くんはどうしてここに?」 「シューズを買いに来た帰りなのだよ。そうしたら、オマエがいた」 「見つけてくれて嬉しいです」 「こんな目立つ場所にいて、見つからないとでも思ったのか?」 目立つ場所にいたとしても自分の存在感のなさは、変わらない。 以前の緑間であったなら、見つけてもらえはしなかっただろう。 だから、単純に嬉しいと黒子は思った。 話しかければ、答えてくれる。 話したくなければ、沈黙する。 緑間は、相手に合わせることができる。 (それが、わかりづらいんですけど) わかる自分であればこその優越感をきっと緑間は知らない。 レンズの奥の瞳が自分を見返してくれる日がくるのだろうか。 「このマフラーはいつ返したらいいですか?」 「・・・いつでもかまわないが」 「連絡しますね」 「・・・まかせる」 次に会う約束ができる。 学校が違うという事は、それさえも特別な事のように思えた。 緑間は腕時計を確認して、さっさと帰れともう一度言うと、駅へと行ってしまった。 その背中を見送りながら、やっぱり、記憶に残る緑間は背中ばかりだ。 バニラシェイクを飲み干して、黒子も立ち上がった。 いつか、飲み込んだ想いを伝える日がくるかもしれない。 こないかもしれない。 それでも、自分を包むマフラーの温かさは、過去にはないものだった。 (ずいぶんと、優しくなったものですね) よほど、甘く温かな環境で暮らしているらしい。 少しだけ、その事に嫉妬した後で、マフラーの分だけ感謝をする。 足元の落ち葉がかさかさと音を立てた。 冬はもうすぐやってくる。 終わり |
||
2012/11/06 |
||
高校黒緑の日。 |
||
| 戻 | ||