宮緑の日

 
     
 


ぱたぱたと、ガラス玉が零れ落ちたのかと思った。
深緑色の瞳から、透明な滴が落ちて、そのまま流れていく。
泣くのか、と思った。
それから、どうにもできなくて、背筋を伸ばして立ち尽くす緑間を抱き締めた。

発端は、よくわからない。
泣かしてみたいと思っていたのを実践してしまったのだろうが、どれが効果的だったのかは、わからない。

俺と二人でいるときの緑間は、わがままを言うけれど、求めることはしない。
寒いと言うので、あたたかい汁粉缶を与えれば幸せそうに目を細める。
暑いと言うので、棒アイスを与えれば、またこれですか?と言いながらも最後まで食べる。

時折、思い出したように「好きです」と言うけれど、それだけだった。
キスをしても押し倒しても隣りに並んでも背中合わせに座っても、緑間は受け取るけれど、求めない。
それが、少し、つまらなかった。

つまらないと思ってしまったのは、間違いだった。
さびしいと思えばよかったのだ。

取り扱い注意の札を付けたままのくそ真面目で生意気な後輩と付き合い始めて5ヶ月。
いまだに取り扱い説明書は完成しない。
むしろ、そのページ数がどんどん増えていく。
そのうち、広辞苑の厚さを超えるのではないかと思えば、ぞっとする。

緑間の涙を間近で見ていたくて、抱き締めたまま顔だけを近づけた。
伏せた目の睫毛の先から、流れ落ちる涙は、きらきらしていた。

「泣くな」

もったいなくて、頬に流れていく涙を舌先で舐めれば、少しだけしょっぱかった。
涙は98%が水分で、しょっぱいのは残り2%の中に含まれるナトリウムのせいだ。
やっぱり、人間なのだと思う。
涙は人間の体から排出される物質の中で、もっともキレイなものだと聞いた。
だから、きっと、こんなにも、美しい。

「誰のせいだと思っているんですか」
「ん?俺?」
「宮地さんって時々バカですよね」
「うるせえよ」
「なんでそんなに嬉しそうなんですか。腹が立つのだよ」
「だって、これ、俺のせいで流れた涙だろ?」

原因は、なんだっただろうか。
そう言えば、きっと緑間は今度こそ本当に怒って、きっと1ヶ月くらいは余裕で無視を続けるだろう。
忍耐強いというのは、本当に厄介だ。
ただでさえ、週に一度も会えずにいるというのに、これ以上会えなくなるわけにはいかない。

「他に、言うことはないんですか?」

与えられた飴玉のように、緑間の頬を舐めていたら、憮然とした表情でそんなことを言う。
見せる表情にレパートリーが増えたものだ。
無表情か眉間に皺を寄せてるか不機嫌かの3パターンから始まったのだから、その変化すら愛しいと思う。
毒されているのは、間違いなく俺のほうだ。

「悪かった」

素直に非を認めれば、腹が立つともう一度呻くように言った後、唇を重ねてきた。
泣き顔を見たいと思っていたのは、嘘ではなかったが、こんな風にキレイなものが無駄に流れ落ちるのは、もったいないと思う。

「いつか、オレが泣かしますから」

挑戦状を叩きつけるように睨まれて、バカなのはこいつも同じだった。

「いつも泣かされてんだろ、俺が」
「泣かした覚えはありませんが?」
「お前のせいで、いつも枕濡らしてるんだっつーの」
「気持ち悪いです」
「うるせえ」

顔を見合わせたら、拗ねたように目を逸らすから、もう一度ぎゅうっと背中に手を回して、抱き締めた。
また今日も取扱説明書の項目がひとつ増える。

緑間の泣かし方と涙の始末。



終わり



 
     
 

2013/08/06