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誘って惑わす |
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「それで終わり?」 足元に転がる制服姿の男子生徒をもう一度蹴り上げる。 呻き声をあげて、そのまま仰向けに倒れたままだ。 冷ややかに見下ろして、黄瀬はその場を後にした。 制服の上着の裾が少し汚れていたが、それだけだ。 革靴の足だけで倒したから、目立つ怪我はない。 顔だけだと、生意気だと、たったそれだけの理由で呼び出すからには、もっとまともに相手をして欲しいと思う。 (弱いくせに) 黄瀬は、あくびひとつして体育館に向かった。 Tシャツとハーフパンツの練習着に着替えて、第一体育館に行くと、練習は始まっていた。 「遅いぞ」 真っ先に緑間に見つかって、鋭い視線で睨まれる。 「すみませんっス」 笑いながら頭を下げて、練習に加わった。 (ツンケンして、なにが楽しいんだろ?) 黄瀬はまだ緑間の怒った顔と厳しい顔くらいしか見ていなかった。 (笑ったりすんの?) 想像もできないくらい、緑間の印象は無表情だった。 「ねえ、なにが楽しいんスか?」 部室で、制服姿の緑間と二人きりになった。 たまたまロッカーに忘れ物をしただけの偶然だったが、チャンスだと思った。 パイプイスに座って、クリップボードに挟んだ練習メニューの調整していたのだろう。 まさか、黄瀬が話しかけてくるとも思っていなかったのか、緑間の反応が遅れた。 「そうやって、表情も変えないで、なんでバスケやってんスか?」 シャープペンを持った左手首を掴んで、緑間の顔を覗き込む。 深緑色の瞳が眼鏡のレンズの奥で揺れた。 「オマエに何の関係が?」 「関係はないっスけど、イラッとするんスよ」 部活後、自主練習として誰よりも遅くまでずっとシュートばかりを繰り返す。 ただでさえ、100%の成功率をキープしているというのに、何をそこまで努力する必要があるのか。 「楽しくもないのに人より努力とかしてんの、なんで?」 「楽しくないと、言った覚えはないのだよ」 「そんな風に見えないっスけど?」 変わらない表情。 変わらない口調。 目の前に居る事さえ、否定するように見えた。 「緑間っちって、驚いたりするんスか?」 一瞬の隙を突いて、緑間の両手首を掴むとそのまま口唇を重ねた。 クリップボードとシャープペンシルが床に落ちていく。 口唇を吸う様に、そして、舐めるように。 抵抗はされなかった。 「変化なし?」 つまらなさそうに呟いて、緑間から手を放した。 「驚いた」 「嘘つくなよ」 「嘘をつく必要はないのだよ」 「つまんねえっスね」 「よく言われる」 床に落ちたシャープペンシルとクリップボードを拾って、緑間は立ち上がった。 「黄瀬」 「なんスか?」 「鍵をかける。さっさと出て行くのだよ」 「はいはいっス」 思っていたよりもずっと無反応だった事がおもしろくなかったが、緑間の指示に従って先に部室を出た。 頬を赤くするとか、突き飛ばしてくるとか、わかりやすい動揺が見たかった。 外はもう日が暮れて真っ暗になっている。 黄瀬に遅れる事、数分。 緑間が部室を出てきた。 「なにしてる?」 「待ってたんスよ〜?」 ドアに鍵をかけた緑間はそのまま先に歩き出した。 「・・・置いていかなくてもいいじゃないっスか」 「黄瀬、いい機会だから言っておくが、バスケ部に入った以上、余計なケンカはするな」 「えー、なんで、知ってるんスか?」 「・・・。返事は?」 「緑間っちがキスしてくれたら言うこときくっス」 もちろん、本気ではないけれど、どうにも先刻の反応が気に入らない。 困らせて、もっと、他の表情が見たい。 「キスひとつでいいのか?」 「え?」 薄暗い生徒玄関で立ち止まった緑間につられて、黄瀬もその隣りに並んだ。 そっと頬に伸びた指先がほんの少しだけ震えているように思ったが、もしかしたら、自分が震えていたのかもしれない。 ほんの一瞬だったけれど、緑間の口唇が触れた。 「もう一度言う。ケンカはするな。呼び出されても無視をしろ。いいな」 暗い影に隠れて、緑間の表情が見えない。 何事もなかったような口調と態度のまま、緑間は先に玄関を出て行った。 その場に立ち尽くしていた黄瀬は、緑間が居なくなると同時に笑った。 「ほんと、最低っスね」 誘って惑わそうと仕掛けたのは自分で、見事な返り討ちに合った。 「そうでないと・・・」 思っていたよりも長く楽しめそうだと、黄瀬はその目を輝かせた。 終わり |
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2012/09/21 |
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帝光中学時代。2年生。 |
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