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繰り返す事の意味を探すことの無意味 side緑間 |
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何度も繰り返す。 センターラインから、スリーポイントラインから。 ゴールを狙いすまして、ボールを撃ち放つ。 弧を描いたボールは、真っ直ぐにゴールへと突き刺さる。 五回、十回、五十回。 飽くことなく、繰り返す。 繰り返すことで、安堵を得る。 フォームを崩されない限り、落ちることはない。 シュートは落ちない。 それは、まるで呪いのように繰り返される。 悟られないように。 不安が、漏れないように。 自信を保つように。 何度も何度もシュートを撃つ。 背中に視線を感じるくらいでは、揺るぐ事はない。 真っ直ぐに突き刺さるような熱を感じるのは、きっと、自惚れである。 「何が違うんスか?」 背後から問われる。 それは、昨日も、一昨日も聞いた。 繰り返しを望むなら、それに応じるしか方法はない。 「何がとは何が?」 緑間は、ボールを放つ。 ゴールに吸い込まれていく。 額から、首筋から、汗が零れ、床を濡らす。 集中をしているけれど、視線も声も感じるのは、それが黄瀬だからだと、自分で気付いている。 「毎日同じ事を繰り返してるじゃないっスか。緑間っちのシュートは落ちないのに、毎日違ったりするんスか?」 毎日同じではないと言ってもきっと黄瀬は納得しないだろう。 その日の体調、温度、湿度、ありとあらゆるものは、決して昨日と同じわけではない。 だから、毎日、確認するのだ。 繰り返し、繰り返し。 目を閉じていてもシュートが撃てるほどの自信を求めて、繰り返す。 それは、不安だからだ。 シュートが落ちることが、怖い。 このシュートが入らないことで、負けを期すのが、怖い。 自分のミスひとつで、勝利を手放す恐怖は、きっと誰にもわからないだろう。 「練習で100%落ちなくても試合で落としたら終わりなのだよ」 とどめを刺すはずのシュートが外れたら? いつだって奈落の底に堕ちてしまうだろう。 ボール籠に残っていた最後のボールを手にして、深呼吸をひとつ。 狙いを定めて、両手を天へ伸ばす。 指先から離れたボールは、音もなくゴールへ向かった。 「ただの臆病者だ」 弱音を漏らす。 それは、本音だ。 シュートをはずすのが、怖いだけの、臆病者。 その恐怖に打ち勝てずに、練習を繰り返す。 緑間は、床に転がっているボールをひとつずつ拾う。 今日も無事に落とさずに済んだ。 きっと試合でも落とさずに済むかもしれない。 毎日の積み重ねに依存している。 「シュートをはずすのが、怖いんスか?」 黄瀬は、自分の言葉を信じない。 いつからかは、わからないけれど、緑間の言うことを信じない。 それが、不思議と安心できた。 だから、緑間は黄瀬にだけは弱音を吐くようになった。 「ああ」 素直に頷く。 嘘はひとつもついていない。 全て、本音だ。 「ウソっスよね」 否定される。 疑いもせず、いとも簡単に打ち消してしまう。 「何故そう思う」 信用されない理由も原因も不明のままだ。 「緑間っちがオレに本音を言うなんて、どうして信じろと?」 黄瀬が手に持っていたボールを籠に投げ込んだ。 がしゃんっと音を立てて、ボールは籠の中に落ちる。 緑間も手にしていたボールを籠に入れた。 軽い足取りで黄瀬が側までやってくる。 近付いた顔が目の前で笑っていた。 整った顔立ちの黄瀬は、何かを企んでいる時ほど鮮やかな笑みを湛えるのだと、最近知った。 「・・・信じる信じないは自由なのだよ」 黄瀬が信じないから、言えることばかりだ。 「じゃあ、信じない」 断言される。 心の奥底で、ほっとする。 臆病者の弱音は、黄瀬の中で消えていく。 そして、自分の中からも少しだけ軽くなった。 「気付いてる?」 黄瀬の瞳の中に無表情の自分が映っている。 「何を」 「キスできる距離」 一歩だけ、黄瀬が近付いてそのまま口唇が触れた。 柔い感触は、目を閉じる時間も与えてはくれなかった。 そのまま、ぎゅうっと抱き締められる。 汗で濡れたTシャツが背中に張り付いた。 「黄瀬?」 その行動の意図が読めない。 からかっているのか、あまえているのか、それとも誘惑しているのか。 黄瀬はいつも曖昧だった。 「もっかい、呼んで」 「・・・黄瀬」 「オレは怖くないっスよ」 本当の嘘つきは、黄瀬なのだ。 ぎゅうぎゅうとさらに密着しようとする黄瀬の本心が見えない。 わからないものも怖い。 意気地なしの自分がばれるのも怖い。 だから、緑間は黄瀬が怖かった。 「オレは、オマエが怖いのだよ」 嘘は言わない。 そう、決めていた。 背中にまわされた黄瀬の腕に力が入る。 それだけで、イライラしているのがわかるのは、黄瀬の事を気にしているからなのだろう。 「黄瀬」 名前を呼ぶ。 イライラの原因が自分にあるならば、離れてしまえばいいと思う。 黄瀬がそっと力を緩めて、耳朶、顎、それから首筋へと口唇で触れていく。 「怖くないっスよ?」 触れ合った場所が湿ったまま熱を発した。 「嘘つきはどっちだ」 思わず笑ってしまう。 (オレはオマエが恐ろしくてたまらないのだよ) 甘やかそうとしているのかもしれないけれど、本当は甘えているだけだ。 「黄瀬は、覚えているか?」 「何を?」 「オマエも同じ事を繰り返しているのだよ」 昨日も一昨日もそれから先週も。 同じ体温を感じた。 「え?」 そして、黄瀬は同じ反応をする。 覚えていないのだ。 「オレに何が違うのかを問いかけ、その答えが嘘だと言い、ボールを拾うふりをして近付き、キスをして抱き締める。何度も繰り返したところで、オレの答えは変わらないし、オマエは納得しないのだろう?それこそ、繰り返す理由がわからない」 「してないっスよ!」 荒げた声が震えている。 「覚えていないのか。それとも納得していないから、忘れるのか」 だから、黄瀬には、嘘をつかない。 「違う。ウソつくなよ」 覚えていない事をむしかえしてもどうにもならない。 「黄瀬」 「オレは、緑間っちの事を・・・」 きっと同じ答えを導き出すだろう。 繰り返しを望んでいるのは、本当は黄瀬の方だ。 「めちゃくちゃにしたい」 してもいいのに、と緑間は思う。 できるならば、めちゃくちゃにしてしまえばいいのに、と。 けれど、黄瀬の時間はここで止まる。 その先へとは進まないのだ。 「バカだな」 緑間は、黄瀬を抱き締め返した。 「うるさいっス」 背中に触れた手のひらから、体温と鼓動が伝わる。 二人の間には、きっとマイナスの要素しか生まれないのかもしれない。 けれど、離れがたく離しがたい。 「緑間っち」 そう呼ぶ声は、ほんの少しだけ甘い。 「オレは怖くないっスよ」 そう言って笑う黄瀬に緑間は安堵する。 同じ事を何度も繰り返す。 臆病者が二人。 傷を舐めあう事もなく、ただ、同じ事を繰り返す。 繰り返すだけでは、不安や恐怖が消えないと知りながら、一歩先にさえ踏み出せずにそこへ留まっている。 終わり |
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2012/10/14 |
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帝光中学時代。2年生。 |
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