CALL YOU

 
     
 


何でもない一日だった。
授業があって、部活の練習でしごかれて、それから事務所の人と仕事の打ち合わせを電話でしていたら、もう午後9時を過ぎていた。
ファミレスの窓際一番奥の席で、黄瀬は携帯電話を眺めていた。
午後9時。
練習は終わっているはずだ。自主練も終わっているだろう。

(どうかな・・・)

話す事なんて一つもない。
だけど、なんとなく、声が聞きたいと思った。

(きっと一言で電話切られそう)

ドリンクバーでオレンジジュースをグラスに入れて席に戻る。
斜め前の席にいたOLらしき女性二人組と目が合って、条件反射で微笑み返してしまう。
真っ直ぐに伸びた腕。
全身をバネにして、コートの端からシュートを打つ姿は孤独だった。
中学時代もずっと見ていたはずだったけれど、精度は比べ物にならない。

(違うチームだからこそ、見る事ができた)

同じチームではないことが、寂しく思う事もある。
同じチームではないからこそ、わかる事もある。
携帯電話を手にして、オレンジジュースを飲んだ。
電話帳を表示しては閉じてを繰り返す。
メールをしても返事は一行だ。

(らしいっちゃ、らしいんスけどね)

それだけじゃあ、つまらない。
自転車で会いに行ける距離じゃないのだから、代替できるものは利用するべきだとは思う。
黄瀬は深呼吸をひとつして、発信ボタンを押した。
電子音が一定のペースで鳴り続ける。
一回、二回、三回・・・。
コール音が長引けば長引くほど緊張感が高まる。

(なんで、こんなにきんちょーしてんだろ、オレ・・・)

たった数秒に心臓が耐えられない。

『なんなのだよ』

そっけない声。

(で、たぁあああーっ)

半ば諦めかけていたからか、耳元から聞こえる緑間の声にほっとする。

『黄瀬?』
「寝てたっスか?」
『寝てはないが、どうしたのだよ』

顔が見えない分、声が優しく聞こえるのは気のせいか。
黄瀬は緩んだ顔がばれない様にするにはどうしたらいいか、そんな事を考える。

「どうもしてないっス。いま、一人で暇だっただけっス」
『暇潰しの相手をしてやる程オレは暇ではないのだよ』
「でも緑間っちは電話に出てくれたっス。相手してくれるんスよね?」
『・・・・・・、バカか』
「ひどいっス」
『相手をしてやろうと思わせる話題があるなら、聞いてやろう』
「え?え?ええええっ?」

問答無用で通話を切られる事を覚悟したというのに、意外な譲歩案を出されて、黄瀬は慌てた。

(本当は知ってる)

誰よりも優しくて、誰よりも周りを見ていた。
プライドは高かったけれど、それは、キセキの世代の誰もがそうだった。
離れてから、時々思い出す。
個性豊かな面々との時間は色褪せる事はない。
あの日々があるからこその今だ。

「あ、そうだ。今度新しい雑誌に載るんス!それで、ちょっとだけインタビューされて、バスケしてるって話をしたんスよ」
『余計なことを。またやかましいギャラリーが増えるだけ迷惑なのだよ』
「妬いてるんスか?」
『バカにつける薬はないのだよ。これ以上くだらない話には付き合ってられんな』
「うううううそっス。冗談スよ〜」

勢いでテーブルの脚を蹴ってしまい、オレンジジュースの入ったグラスが倒れそうになるのを慌てて抑えた。

「緑間っちは?最近、何かあったりしないんスか?」
『あったとしてもオマエに話すとでも?』
「思ってないっスけど、話して欲しいっス」

電話越しでもわかるくらいの盛大な溜息が聞こえた。
それでも、電話は続いている。
許されていると、甘えたくなってしまう。

(ずるいな・・・)

鈍感なのか、優しいだけなのか、それともわかっているのか。

『・・・・・・。今日のラッキーアイテムがファッション雑誌だったのだよ。学校に行く途中のコンビニで買ったら忌々しい事に黄瀬が載ってたのだよ』
「い、忌々しいって、酷すぎるっスよ。まさか捨てたりしてないっスよね?」

自分のページが破り捨てられるイメージが脳内に届いて、黄瀬は涙目になる。

『まだ今日が終わらないからここにあるのだよ』
「え?じゃあ、オレの載ってる雑誌が一日中緑間っちと一緒だったって事っスよね」
『何で浮かれてるのだよ』

声だけでバレる位にテンションが一気に上がった。

「嬉しいっス」
『バカか。オマエも遊んでないでさっさと帰るのだよ』

容赦なく通話が切れる。
黄瀬は自分の顔が熱くなるのを感じて、携帯電話を握り締めたままテーブルに突っ伏した。

(バカなのはわかってる)

電話は姿が見えない分、声の向こうの表情を想像しながら会話をする。
笑っているのか、怒っているのか。
怒ってはいなかったのは間違いない。

(笑ってもいなかったけど)

それでも、相手をしてくれた。
緊張していたことにも浮かれていたことにも気付いてくれた。

(少し、近付いたって、調子にのってもいいっスよね)

何でもない会話を繰り返すことで、意識させる事ができる。
黄瀬は、テーブルに突っ伏したまま目線だけを上げて、メールを打った。



終わり



 
     
 

2012/06/11

 
     
 

黄→緑。
まだちょっと片思い。
どきどきしながら電話するのも今だけかも。

 
 

続 → start