start

 
  ※CALL YOUの続きです。  
     
 


『もっと話したかったっス』

一行のメール。
黄瀬は携帯電話をテーブルに置いて、小さな溜息を一つ。

(返事が来たら帰ろ)

そんな確実でない事を思いながらオレンジジュースを飲んだ。
平日の午後9時半のファミレスは、大人の姿が目立つ。
電話越しに聞いた声が、まだ残っている。

(好きなのかな)

ふと、疑問に思う。
青峰との1on1の後、体力の限界で動けなくなった自分にタオルをかけてくれたのは、緑間だ。
バカだとは言うけれど、否定はしない。
それが嬉しかったのだと、今更ながら思う。

(青峰っちに勝てないとは言われなかったな・・・)

天才の背中を見ながら、バスケットボールを始めた。
できる事を次々と吸収して、反映していった。

(できなかったんスよね)

模倣する必要がなかったのだけれど、模倣しようとは思えなかった。
センターラインから放つ、綺麗な弧を描くシュート。
落ちる事はない。
自信の裏側に隠されているのは、延々と繰り返される練習と言う名の努力だ。
練習は嫌いだった。
同じ事を繰り返さなくとも見ればわかった。
練習しなくとも出来る。
青峰との1on1は、どきどきわくわくした。
見ただけでは、わからないからだ。
尊敬を超える畏敬の念を抱く程の憧れの存在に、何度挑んでも勝てない事もわかっていた。
負けて欲しくない。
自分に負ける所を見たくない。
だから、何度も何度も負け続けた。
いつしか、負ける事に慣れていたのかもしれない。
勝てないと、自分が思っていた。

(でも、勝てないとは言わなかった)

青峰に全力で挑むから、いつも動けなくなるくらいに疲労した。
体育館の床の冷たさが、気持ちよかった。
顔の上に落ちてくるタオル。
震える手で顔の汗を拭いて、目を開けるともうそこには誰もいなくて、遠くから緑間と青峰の声が聞こえる。

「楽しそうなのだよ」
「お前も1on1するとか言うなよ」
「する必要がどこにあるというのだ」
「そりゃそーだ。じゃーな」

青峰が出て行く音がする。
急に静かになった体育館で、一人置いていかれたのかと黄瀬は無理やり上体を起こした。

「起きれるのか?」

思っていたより間近で聞こえた声に振り返る。
ドリンクボトルを渡されて、そのまま受け取った。

「緑間っち・・・」
「その呼び方はやめるのだよ」
「なんで、いるんスか」
「黄瀬がいるからだろう?」
「だから、なんで・・・?」

半分は八つ当たりだ。
勝てない悔しさと情けなさと。
あと、どう思われているのかわからない不安と。

「動けるなら早く着替えてさっさと帰るのだよ」

緑間からは、答えは返って来なかった。
誰かに頼まれたのか、それとも自主的なのか、よくわからない。
わからないまま、黄瀬は重い体をのろのろと動かして、立ち上がった。

「黄瀬のその諦めない姿勢は評価に値するのだよ・・・」

体育館を出る直前に背中に届いた。
振り返った時には、緑間はもう向こうの扉から出て行く背中が見えただけだ。
ただ、自分が起きるまで待っていただけなのだと知る。
緑間を初めて意識したのはその時だった。

(なんなんスかね・・・)

それを優しさだと思ったのは、自分のせいだ。
オレンジジュースはとうに飲み干して、空になったグラスの底に氷が残っている。
その時、メールの着信音が鳴った。
黄瀬は起き上がった勢いでテーブルの脚を蹴った衝撃でグラスが倒れそうになるのを慌てて手で押さえた。
携帯電話を確認した黄瀬の口元が自然と緩む。

『さっさと帰るのだよ』

たった一行。
それを優しさだと思うのは自由だ。

「はいはい。帰るっスよ〜」

黄瀬は携帯電話を握り締めて席を立った。



終わり



 
     
 

2012/06/12

 
     
 

黄瀬→緑間。
黄瀬が緑間を意識したきっかけ。
それが全てのはじまりなので、Start。

 
 

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