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自由登校になって、2ヶ月。
季節は春に近づいていたけれど、まだ寒さは続いている。
乾燥した空気と青い空。
重いコートとぐるぐるのマフラーを早く脱ぎ捨てたかった。
受験生である自分に、センター試験が終わったところで、息をつく暇は無い。
それでも、根を詰め過ぎては、効率が悪くなる。
息抜き代わりに放課後のバスケ部を覗きに行くけれど、そこに居場所はもうなかった。
それが、良かった。
たまに汗を流して、少しなまった体を引きずれば、切り替えも楽になる。
依存する場所がなければ、逃げ場はひとつしかなくなってしまう。
そんな追いつめられた状況は、自分に合わないからこそ、集中できる環境がある。
最後の試合が終わった後、思っていた以上にすっきりとバスケから離れることができた。
全力を尽くせたこと、最高のチームメイトと一緒に戦えたこと、この3年間が無駄ではなかったこと。
全部が今の自分に繋がる。
自分を構築するものに強さと自信が増えた。
心残り、と言えるものではないけれど、あるとすれば、ひとつだけだ。

「緑間」

体育館で声を掛ければ、振り返る。
真っ直ぐに伸びた背中と汗に濡れたTシャツ。

「はい」
「お前、痩せた?」
「痩せてません」

ひょいとその腰を掴めば、一瞬身じろいだ。
前にもこんなことしたことあったなと、ふと思い出す。

「やめてください」

腰を掴む手を叩かれて、その顔を見れば、その動揺が見て取れるのがおかしい。
すぐ近くで、高尾の笑い声が響く。

「ちゃんと食えよ」
「食べてます」
「俺がいなくて寂しいせいだとか、言うなよ」
「言ったらどうします」
「どうもしねえ」

他愛もないやりとりだけれど、ほんの少しだけ空気が変わる。

「宮地先輩がいなくて寂しいせいで痩せたわけではないので、はなしてください」
「やっぱり痩せたんだな」

言葉尻を拾って睨めば、失言したとばかりに顔を逸らす。

「練習量、増やしたんすよ」

笑い転げながら、高尾が助け船を出してくる。
部内の雰囲気は悪くないのは、空気を一気に変える高尾の力なのだろう。

「また?」

ただでさえ、他の部員よりも多めのメニューをこなしているというのに、これ以上増やしたら、負担にならないのか。
監督が許可したのであれば、余計な心配かもしれないが、それでも見てわかる程度に痩せるのはどうかとも思う。
ここで何を言っても言うことを聞かないのが、緑間の面倒なところなのだから、仕方がない。
そうでなければ、ワガママ3回というバカバカしいルールができることもなかったのだ。

「真ちゃん、わがままだから」
「うるさいのだよ。必要だと思ったからだ」
「それで体重落としてたら意味ねえだろ」
「そのうち戻ります。ご心配なく」
「心配くらいさせろ、轢くぞ」

べしっとその頭を叩けば、足元の笑い声がさらに響き渡る。

「お前は、踏む」

高尾の腹部を軽く踏みつければ、カエルの鳴き声のようなうめき声の後、笑いもとまった。

「宮地サン、ひどい」
「うるせえんだよ」
「俺の心配もしてくださいよ」

そう言って嘆くふりをする高尾に「お前の心配は緑間がするだろ」って答えたら「宮地サン大好き」とか言いだすので、もう一度踏みつけた。
3年のいないバスケ部は、少し静かで、それでも新しい空気を作り出している。
監督が示した、緑間中心のチーム作りは、俺達がいた頃よりもずっとうまくいくだろう。
その心配をせずに済むことに安堵しつつ、どこか、寂しくもあった。



***



バレンタインデーに板チョコを渡しに来たかわいげのない後輩は、真っ直ぐにこちらを見詰めるから、見透かされないように装うのに苦労したと言えば、信じるだろうか。
好きだと言ってくる割に返事も見返りも求めてこないから、何もしなかった。
一途に好かれているというのは、悪い気はしない。
それは、自分も相手を好ましいと思っているからだ。
なんとも思っていない相手に好かれてもそれは、迷惑でしかない。
そうして、生まれる小さな疑問を消していくごとに、導かれる答えは一つに絞られていく。
生意気で、不遜で、真面目で、努力家で、天才で、腹の立つ要素しかない2つ年下の男を一度意識してしまえば、あとは流されるように、絆されて、感情も変化する。
頑固で融通が利かない。
感情を表に出さないくせに、内に秘めた闘志は熱い。
悔しいけれど、こいつがいれば、勝てると思えた。
その信頼と安心感に値する力を持っていた。
憧れ、妬み、羨望。
負の感情をその背に受けて、尚、貪欲に勝利を求め続ける姿に、反発をしても無駄だと悟ったのは、その姿を知る者だけだ。
緑間の持つ強さが眩しくて目を細めたくなるけれど、目を逸らすわけにはいかなかった。
異常な程の才能を持ち合わせているけれど、緑間はただの1年でしかない。
だから、3年が緑間を特別扱いをしてはいけないと、俺たちは話し合った。
部内の空気を乱し、協調性に欠けては、勝てるものも勝てなくなる。
レギュラーだけで、スタメンだけで、成り立っているわけではないのだ。
それを知ってか知らずか、特別扱いをしなくとも緑間は、性格に難がありすぎた。
だからこそ、いいのだと、一度思ってしまえば、あとはずるずると堕ちていくだけだった。
反抗はするけれど、言うこともきく。
嘘は吐かない。
その正直さで、熱さと好意の混じったその綺麗な両目が、何もかもを物語る。

「あなたが好きです」

そう言い続けることに意味はあったのか。
そう言われ続けた俺のことを考えたことはあるのか。
自己満足で終わらせてはやらないと思うのは、ここまで引き摺り落とした緑間への報復だ。

(お前のせいで高校最後の半年が忘れられなくなったんだ)

バスケと勉強で終わるはずだった高校3年の日常にプラスされた、緑間という存在。
それがどれだけ特別なことなのか、緑間には、きっと一生わからないだろう。
見詰め合って、初めてキスをしたあの日から、先に踏み出した一歩を後悔したことは一度もない。
それが、全ての答えだった。



***



コートのいらなくなった3月。
それでもまだマフラーは手放せなくて、吹き付ける風に身を縮めた。
国立大前期で無事に合格できたことを担任に報告にきた。
おめでとうと言われて、ようやく実感する。
ようやく肩の荷がおりたと、思った。
教務室を出て、廊下を歩く。
授業中の校舎は静かで、たまに教師の声が聞こえた。
卒業式は明後日だった。
ここへ来ることはもうないのだと、少しだけ名残惜しい。
良いことばかりではなかった。
それでも、離れ難く思えるくらいには、ここですごした3年間は重い。

「宮地さん」

不意に、背後から声をかけられて驚いた。

「緑間」

両手に段ボール箱2つの荷物を抱えている姿が珍しい。
この先にあるのは社会科資料室だ。
いつの間にか、授業が終わっていたのだろう。

「・・・大学に合格されたと聞きました。おめでとうございます」

ペコリと頭だけ下げる。

「誰から聞いた?」
「中谷先生が、先ほど報告に来たと教えてくださいました」
「それ、半分持ってやる」

緑間の抱えている箱をひとつ持ち上げて歩き出す。

「ありがとうございます」

一歩後ろをついてくるのが、なんだか可笑しい。
資料室の扉を開ければ、ぶわっとほこりが舞った。
空いている机の上に箱を置く。

「宮地さん、お願いがひとつあります」
「なんだ」
「卒業式の後、少しだけ時間をください」
「いいぜ?」

ほんの少し、緑間が肩の力を抜いたように見えた。
薄暗い資料室で、手を伸ばせばすぐに触れることができるというのに、その一歩を踏み出さない。
諦めるのは、お前らしくないと言ってはやらないけれど、緑間の前にどんな壁があるのかは、少しだけ興味があった。
一歩を踏み出せない理由。
お前より俺の方が知っているんじゃないか?

「大学は都内だ。たまに遊びに来てやるよ」

そう言ってやると、緑間は普段見せることのない穏やかな表情で笑った。



***



卒業式は3月10日。
桜はまだ咲かなかったけれど、その日は晴れて、寒くは無かった。
バスケ部の後輩たちに囲まれて、大坪と木村と一緒にもみくちゃにされた。
らしくなくぐちゃぐちゃに泣いていた高尾につられて、少しだけ鼻の奥がツンとする。
人一倍厳しくしていたけれど、慕われていた。
それを糧にこれからも生きていける。
後輩と仲間と一緒にバスケをした時間は、長いようで短かった。
それでも、一緒にバスケができたことへの感謝は忘れることはないだろう。
校門と校舎の間で、泣いたり笑ったり、いろんな感情が渦巻いていた。
その人混みから、そっと抜け出して、誰もいなくなった校舎の中に入る。
静かな廊下、静かな教室。
廊下から覗く3年の教室は黒板に落書きがたくさん描かれていた。
卒業おめでとう。
3年間ありがとう。
桜の絵がピンクのチョークで一面に彩られている。
この教室で授業を受けることはもうないのだ。
もう、二度と来ない日々を思い出して、少しだけ感傷的になる。

「宮地さん」

卒業証書の入った黒い筒を持ったまま、誰もいない廊下で緑間と向かい合う。
身長差は5センチ。
少しだけ目線が上だ。

「ご卒業、おめでとうございます」

いつもと変わらない、表情の無い顔。
けれど、眼鏡越しの視線は真っ直ぐこちらを見詰めている。

「ああ」

言葉よりも饒舌なその綺麗な目は、ずっと変わっていない。
その目に惹かれて、絆された自分がここにいる。

「で?」

この場所に二人きりになったのは偶然ではない。
話がしたいと、緑間に言われたのは二日前のことだ。
それが、いつどこでとは、決めていなかったが、緑間が俺を見失うことはないと思っていた。
俺は知らないけれど、緑間はいつも俺を見ていると言っていたのは、高尾だった。

「オレは、あなたのことが好きで、それでいいと思ってました。それ以上のことは望まず、ただ、あなたの姿を見ることで、安心できたし、幸せでした」

淡々と感情の見えない声。
こんな時ぐらい、泣いてみせてもいいだろうに。
諦めと覚悟を決めたように、その言葉に迷いはなかった。

「最後に会って、感謝を伝えたかったのです」

こいつは、期待をしたことがなかったのだろうか。
俺がお前を好きになる可能性を夢みたことはなかったのだろうか。
意固地になって、自分の変化した気持ちを伝えなかったのは、緑間が一度も期待しなかったからだ。
感謝して、それで、お前は満足か。
その一途な想いは消えるのか。
そうじゃないだろ。

「それは、お前の気持ちだろ?」
「そうです」
「お前は俺の気持ちを考えたことはあるか?」
「あなたの気持ちをオレが決めることはできません。ただ、一度もオレを突き放さなかった。それがあなたの優しさだと、思っていました」

そこまで想い、けれど、その先を望まない。
お前のその頑固さは嫌いじゃない。
だけど、面倒くさいだろう?

「好きだ」

緑間の綺麗な両目を見詰めて言う。
その瞳に映っているのは、俺だけだ。
それでいい。

「俺はお前が、緑間真太郎が好きだ」

後輩に囲まれ、同級生に囲まれ、それでも死守した上から二番目のボタンをちぎって、目の前の男に無理矢理握らせた。

「今日を最後になんかしてやらねぇ。今日から始めんだよ。最初に本気ならやめなくていいって言ったのは、お前だ」

本気でないのなら、これ以上はやめてくださいと言った。
本気なら、いいのかと聞いた。
そこが、俺達のスタートラインだっただろう。
驚いた顔で息をとめる緑間の両手首を掴んで、至近距離に近付く。

「泣くな」
「泣いてません」

震える声が応える。
こんな時まで、かわいくなくて、それがかわいい。
その唇に触れて、そのまま抱きしめてやる。
こんな最後をお前は一度でも想像したことがあるか。
負けず嫌いのくせに、最初から全てを諦めていたとは思えない。
それを隠し続けようとしたお前が愛しいと言えば、笑うか。

「宮地さん、オレはあなたが好きです」

耳元で小さな声が聞こえる。

「知ってる」

強く抱きしめ返してくる緑間を笑った。



終わり



 
     
 

2013/04/16

 
     
 

※付き合ってない宮緑。
完結です。
宮地さんには緑間くんを受け止めてほしくて、
ずっとこの諦めてお別れするつもりの緑間くんを、
幸せにしてくれる強い宮地さんが書きたかったのです。
緑間くんは一人で居ることに慣れすぎて、
自分が人と違う奇異の目で見られることに慣れすぎて、
自分が誰かに好かれるとは思っていないようなところが、
あるような気がして、
そこを埋めてくれる人がいたらいいなぁって思ってました。
緑間くんはずっと宮地さんが好きだと思います。
長くおつきあいいただき、ありがとうございました。

 
     
 

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