consciousness 5

 
     
 


本屋を出ると雨が降っていた。
陽が暮れた後の暗さと雨とで、道行く人の数は少ない。

「あっちゃー、雨かよ」

高尾は雲に覆われた空を見上げた。
雨が降るとは知らなかったので、もちろん傘はない。
道路を渡った向かいにファミリーレストランの看板が見えた。
あそこでいっか?と黒子に確認して、二人は同時に走り出した。


店の中に入って、ほっと息を吐く。
少しだけ湿ったシャツをぱたぱたと揺らして、メニューを開いた。

「黒子はほんとに本読むの好きなんだな」

本屋で両手に抱えていた5冊の本を思い出して、口の端を緩める。

「そうですね」
「今度、なんかおすすめなの、貸してくんねぇ?」

それに深い意味はなかったけれど、次に会う約束をしたいみたいで、言ったあとで少し後悔する。
ただ、黒子がどんな小説を読むのか、知りたかっただけだった。
国語の参考書を選んだ時もちゃんと内容をわかりやすく説明してくれた。
黒子の脳内にはたくさんの物語の記憶があって、きっと、自分にはわからない視点で世界を見ているような気がする。
本屋の中を縦横無尽に移動するくらい、ジャンルに捕らわれず、ただ読みたい物語を貪欲に求める姿は、バスケのプレーにも通じているようだ。

「いいですよ。高尾くんはどんなジャンルが好きですか?」

あっさりとOKされて、高尾は考えすぎていた自分に動揺する。

(また、会える)

そう思えば、嬉しくて、自然と笑顔になっていく。

(単純だな・・・)

冷静に見つめる自分も自分の中にいる。
目の前の黒子は無表情で、何を考えているのか目には見えない。

「戦うやつ」

ひと言で答えたら、黒子が目をぱちくりとさせた。
戦争というより、戦闘している話がいい。
敵と味方の攻防を描いている話は、きっと、今ハマっているカードゲームの戦略のヒントになるかもしれない。
それくらいしか思いつかなかった。
普段、本などはまんがと教科書以外読むことがないのだ。

「それは、地球ですか?宇宙ですか?異世界ですか?」
「そーやってわけてんの?」
「物語の舞台によって話が変わりますから」
「じゃあ、異世界で」
「わかりました。なにか見つくろっておきますね」
「よろしくー」

軽く返事をするけれど、内心まだどきどきしている。
もっと簡単に会話する事ができないものかと、高尾は心の中で溜息を吐いた。
意識しすぎているというのは、わかる。
どうしてそうなのかは、よくわからない。
誠凛の前で待ち伏せした時もメールを送ろうとした時も。
友達であれば、どれもこれも日常のひとつだ。
落ち着かない気持ちを落ち着けたくて、高尾は話を続けた。
学校の事、おもしろい先生の事、昨日見たテレビの事。
どれもこれも、本当に話したい事ではなかったけれど、黒子は時々相槌をうちながら聞いてくれた。

「それで、たりんの?」

目の前に運ばれてきた料理を目にして、高尾は驚く。
部活での練習を終えた高校生男子が食べるには、パスタ一人前はかなり少ないのではと思う。
オムライスとハンバーグを頼んだ自分でも多い方ではないはずだった。

「これで十分です」
「ほっそいもんな」
「そんなことありません」

黒子がむっと唇を尖らせて反論するのがおかしくて、声を上げて笑った。

「笑うところですか」
「笑うところだよ」

負けず嫌いで頑固だというのは、試合をしてわかっていた事だ。
ただ、コートの外で会って話すほど、試合中の諦めの悪さと勝利への渇望がぼんやりと霞んでいく。

「黒子はさぁ、なんで、そんなにパスに特化したプレーしてんの?」
「・・・・・・。僕にバスケの才能がなかったからです」

表情一つ変えずにパスタをもぐもぐと食べる。

「は?帝光中のレギュラーだったくせに?」

緑間も一目置いていた。
自分達とは違う特殊な存在ではあったけれど、黒子のプレーを認めていた。
あんな風に誰かを評価する緑間を見たのは初めてだった。

(だから、負けたくなかったんだけどな)

それなのに、才能がないと言う。

「存在感の薄さを利用して、タップパスに特化したから、僕はあの時、あの場所に立つことができました。それは、僕が選んだのではなく、それを与えてくれた人とチームがあったんです。誰かの影になることでしか、僕は僕の役目を果たす事ができない。それでも、バスケができないことよりずっと良かった。僕のパスでゴールが決まって、チームが勝利する。周りが喜んでくれる。誰かがほめてくれる。あそこでバスケをするのが本当に楽しかったんです」
「今は楽しくねえの?」
「楽しいと思ってます」
「お前もまじめだな」
「え?」
「もっとさ、気楽にたのしめばいーじゃん」

中学時代に何があったのかはわからない。
けれど、今の黒子がいるのは、まぎれもなく帝光中学にいたからだ。
あの、キセキの世代が揃っていた化け物のようなチームにいた黒子も間違いなく化け物の一人だ。
バスケでは自分とは違う場所にいるかもしれないけれど、中身は自分と変わらない高校一年でしかない。
怖くもなければ、特別でもないのだ。

「中学の時と違うじゃん。チームもメンバーも。うちもそうだけど。ポジションとかは一緒だったりやることは一緒かもしんねーけど、できることって増えるし、変わるもんだろ?それが変わったからって自分が変わるわけじゃねえんだからさ」

あれだけのプレーを見せつけておいて、そこで満足をしていない。

(天才とは、違うけど、凡人でもねえってことだよな)

試合は負けたかもしれないけれど、自分が負けたつもりはなく、いつだって脳裏を横切る敵は、黒子の姿をしている。
毎日、厳しい練習に耐えているのも勝つ為かもしれないけれど、楽しむ為でもあるのだ。
高尾はオムライスとハンバーグの皿を空にしたが、黒子のパスタはまだ残っている。

「そう、ですね。そうかもしれません」

黒子がなにか思いついたように顔を上げた。
視線がまっすぐに突き刺さってくる。
迷ったり悩んだりしているのだとわかれば、自分と同じなのだ。
発展途上。
努力で補えるものがあれば、それは成長の証だ。

「高尾くんは、だから緑間くんと一緒にいることができるんですね」
「はぁ?」

突然、見えていないところからボールが現われた気分だ。
何の事かよくわからない。

「自分と違っていても否定しないし、理解しようと考えてくれる。優しいんだと思います」

黒子は無表情のまま、パスタの最後の一口を食べた。

「褒められてんの?」
「褒めてます」

あっさりと言われて、高尾は笑った。

(おもしれえな)

黒子の言う事が嘘だと思えないのは、淡々とそれでもまっすぐに答えてくれるからだ。

(パスみてぇ)

触れることで、一瞬で方向の変わるパス。
それは変幻自在だけれど、真っ直ぐに必要な相手へと届く。

「俺、黒子のこと好きだわ」

高尾は笑いながら、黒子に合わせるように、真っ直ぐに、伝えた。



終わり



 
     
 

2012/09/06

 
     
 

高尾→黒子。
高尾視点。
一旦完結です。
これから黒子がどんな風に、
高尾に惚れていくかは、
別のお話。

 
     
 

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