consciousness 4

 
     
 



メールが届いた。


土曜日の練習後、夕方にはなるけれど・・・と、一緒に本屋へ行く約束をした。
特別な事ではなかったはずなのに、少し緊張してしまうのは、相手を良く知らないせいだと、自分に言い聞かせながら、黒子は何度目かの深呼吸をする。
駅前の大きめな書店は、品揃えも豊富で、一日中いても飽きない場所のひとつだ。
中学の時から好んで読んでいたシリーズ物の小説が新しく発売され、ようやく手に取る事ができた。
待ち合わせの時刻までにまだ少し余裕がある。
黒子は新刊コーナーから離れ、店舗の奥のひと気の少ない書棚へと向かった。
作家名やタイトルで、一冊ずつ引っ張り出しては、棚に戻す。
本を読む事は、新しい世界と新しい知識と新しい感動を与えてくれる。
人間に興味をもったのも本を読んでいたからだ。
わからない事がわかる時、わからない事がわからないままである時。
それは、どちらも大切なものだ。

「黒子ってこーゆーのも読むのかぁ」

いつの間にか隣りに立っていたのは、待ち合わせをしていた高尾だった。
影が薄く、気配もない自分は、いつも誰にも認識されない。
それを利用して驚く人の姿を見るのはおもしろいけれど、時々寂しくもあった。
そして、今。
自分が誰かに与えている驚きをまさに身を持って体験したのである。

「た、高尾くん」
「え?声かけちゃまずかった?」

驚いた黒子に高尾が驚く。
手にした本を棚に戻して、黒子は何度か瞬きを繰り返した。

「いえ。びっくりしただけです。待ち合わせの時間はまだだと思っていたので」
「驚かしてわりぃ。思ったより早く着いたからさ。そしたら、黒子がいてラッキー」

にこにこと笑う高尾につられて黒子も少しだけ笑った。

(本当に僕を見失わない・・・)

試合中だけでなく、日常でも鷹の目は有効なのだろうか。

「なに?」
「国語の参考書でしたよね」

黒子が先に歩き出した後ろに高尾が続いた。
この書店には何度も来ている。
ジャンル別になっている売り場の場所は、ほとんど把握していた。

「黒子はどんなの使ってんの?」
「現文ですか?古文?」
「両方」
「国語、苦手なんですか?」
「得意な科目はひとつもねぇよ」

笑いながら簡単に嘘をつく人だと、思った。
本当の事も多いけれど、きっと、上手に嘘をつくのだろう。

「僕も国語以外は平均ですけど」

参考書売り場で、自分が使っているのと同じ参考書を探して、高尾に渡した。

「現文の方は、少し読みづらいかもしれませんが、体系的に解説してあっておもしろいです。古文の方は、解釈がわかりやすくて基礎的なことはほぼこれで済むと思います。どちらも僕が使っているだけなので、高尾くんに合うかどうかはわかりませんけど」
「すっげー助かる〜。参考書なんて、どれ選んだらいいか全然わっかんなくてさ。試してみる。ありがとな」

二冊の参考書を持って高尾は迷わずレジへと向かった。
黒子は、そういえばと、買い逃していた小説を思い出して売り場を移動した。
はぐれる心配もあったけれど、多分、高尾なら大丈夫だという安心感があった。

(見つけてもらえるのがこんなにうれしいとは思いませんでしたが・・・)

通路を歩いている時もすれ違う人は黒子の存在に気付いてはいなかった。
黒子が相手を上手に避けるから、ぶつからずに済んでいる。
もちろん、故意に意識を逸らさせている場合もあるけれど、ほとんどは自分の存在感の薄さの所為だ。
声をかけたり、かけられたりして認識されるのが当たり前の自分が、雑踏に紛れても一人になる事ができないのなら、それは特別だという事だ。
黒子は、ほんの少しだけ鼓動の早くなった心臓を押さえつつ、本を探した。

「かくれんぼの、つもり?」

黒いビニール袋を持った高尾が背後に立ったからか、手元に薄暗い影が落ちた。

「違います。欲しかった本を思い出したので」

ちょうどその時、欲しかった本を見つけて、手に取ったばかりだ。

「だったら、もーちょっと待ってて欲しかったんだけど」
「高尾くんなら見つけてくれると思ってましたから」

振り返ると高尾と目が合った。
普段、背の高い人たちに囲まれる事が多いせいか、視線が近い。
ほんの少し目を見開いて、沈黙する。
おかしな事を言ってしまっただろうかと思いつつ、高尾の返事を待った。

「・・・・・・。そーゆーこと言っちゃうんだ?」

高尾が一度目を伏せて、黒子の瞳からその奥の書棚に視線を移した。

「え?」

思わず聞き返してしまう。
やはり、おかしな事を言ってしまったのかもしれない。
目を見てもその表情を見ても高尾の事はなにひとつわからない。
高尾の視線の先に並んでいるのは、日本人作家のミステリー小説ばかりだ。
小説に関しては、ジャンルを問わずに何でも読む黒子の手には5冊の本があった。
さすがにこれ以上は増やせない。
「このあとさ、メシ食いにいこーぜ」
高尾はにこにこと笑って話を変えたけれど、その笑顔は少し違った。
勘違いかもしれないけれど、少し気付いたものがある。

(・・・本気ですか?)

聞きたくても聞けない感情が、そっと生まれた。
嬉しさと戸惑いと、それから。
与えられた事のない気持ちを知るのは、もう少し先の話。



終わり



 
     
 

2012/09/04

 
     
 

高尾→黒子。
黒子視点。

 
     
 

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