短編2

 
     
 


天気の良い午後。
授業をさぼって屋上で寝転がる。
風が少し冷たいけれど、制服の上にダウンジャケットを着ていれば、震えるほどじゃない。

「今吉さん」

呼べば返事をする。
振り返る。
無視をする。
聞こえないふりをする。
笑う。
全部が全部、今吉翔一を構成する。
まぎれもない腹黒眼鏡だ。

「今吉さん」

ウィンターカップでの試合終了後、しばらくしてから、今吉が3年であることを、青峰は唐突に理解した。
もう一緒にバスケをする事はない。
わかっていたことだったけれど、わかっていなかった。
桐皇学園は、もともと、チームプレーを重視したチームではなかった。
個人の実力主義は、確かに自分に向いていた。
パスさえ届けば、ボールを手にすれば、ゴールは全部自分が決めるくらいの、自信だけがあった。
それでも。
パスが自分に届くには、ボールを手にするには、自分以外のプレーヤーも必要だった。
欲しい時に欲しい場所へ届く、今吉からのパスはもう自分に届くことはない。
何度、失えば、気が済むのだろうか。

「今吉さん」

名前を呼んで、呼ぶことで、かろうじて繋ぎとめている。
呼んだ声が届く距離にいることができるのは、あとわずかだ。

(あんたとバスケがしたい)

飲み込んだ言葉は、自分が言う資格のないものだ。
ずっと突き放して、理解しようとせず、受け入れもせず、与えられてばかりいたのに、それも拒絶した。
いまさら、どんな顔をしてそれが言えるというのだろう。

「こないなところで寝とったら、風邪ひくで?」

乾燥した空気と澄み渡る空。
冬の風は冷たくて、それが気持ち良かった。

「なんで?」

ここにいるんだよ。
目を開ければ自分を覗き込む今吉の顔が近い。
3学期の3年は、もう自由登校だ。
授業はない。
センター試験も終わった後の校舎はどことなく静かだった。

「お前が呼んだんやないか」
「呼んでねえよ」
「せやったら幻聴でも聞こえたんやろか?いややわぁ。勉強のしすぎの弊害・・・」
「今吉さん」

寝転がる自分の傍らにしゃがんでいた今吉の手を掴んだ。

「なんやの」

言いたいことはたくさんあって、溢れて零れて、それでもたくさんあって。
でも、それはどれもこれも言うことができなくて。
最終的に、名前ばかりが残る。
呼ばれたなんて、嘘だ。
ここにいるとわかっていて、わざわざ会いにやってきたのだ。

「思ってたより優しいんだよな」
「ほんまに失礼なヤツやな。ワシほど優しい人間ほかにおらんやろ」

握った指先が冷たくて、自分の手が温かくて。
何を話しても何を聞いても残るのは、喪失感だけだった。

「あんたは嘘ばっかりだ」

笑顔の裏に本当のことを上手に隠すから、何も見えない。
見えないから、見たいし、見たくない。

「腹黒眼鏡やからな」

笑う。
細い目がますます細くなって、それでも楽しそうに笑う。
何もかも全部嘘ばかりだけれど、パスだけは。
試合中のパスだけは、真っ直ぐに届く。
それだけは、本当だった。

(ああ、そうか・・・)

だから、パスが受け取れないことが、こんなにも寂しいのだ。

(あんたの本音がもう見えない)

冷たい指先が頭を撫でるから、目を閉じた。

「青峰、飛行機雲が見えるで」

見上げる空など、どこにもなかった。



終わり



 
     
 

2012/11/27

 
     
 

青峰くんに会いたい今吉さん。
今吉さんに会いたい青峰くん。

 
     
 

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