短編3

 
     
 


名前を呼ばれる。
低い声で、甘えるように。
たった、6音。

『いまよしさん』

まるで、呪文のようにも聞こえる。

「やかましいわ」

べしっとその額を叩く。
ひと気のない図書室で広げた問題集を解く。
ほとんど暇つぶしのようなものだったけれど、短時間で集中するにはちょうどいい。
隣りの席に座って、テーブルに突っ伏して、大人しくしているならと放置していたら、時間を計っているかのように名前を呼ばれる。

「呼ばんでもここにおるやんか。なんやの」

声を潜めてちらりと見やれば、どことなく嬉しそうな顔がこちらを見ていた。

「暇だったら、俺の相手しろよ」
「暇やないわ。見てわからんのやったら重症や」

受験用の数学の問題は、単純に見えて、そうでもない。
繰り返すことで覚える事もあるけれど、繰り返しただけでは解答を導けない事も多い。

「もう試験なんか受ける必要ねぇって聞いたぜ」
「誰にや」
「須佐さん」
「あいつは、ほんまに口が軽い・・・」
「それ、ひまつぶしなんだろ?だったら、俺の相手でもいーだろ?」

洞察力がするどいのは認めてもいいが、我がままに答える筋合いはないと、再び問題と向かい合う。
答えがひとつしかない問題は得意だ。
わかりやすい。

「今吉さん」

隣りで、静かに名前を呼ぶ。
我がままだし生意気だし子供だし。
バスケが強くなければ目にも入らなかったような、そんな男だ。
寒くなるにつれて距離がどんどん近付いて、まるで、暖をとろうとするように側にいた。

(いまさら、やろ?)

違うか。

(いまだから、や)

バスケと離れた今だからこそ、なんのわだかまりもない。

「相手しろて、何して欲しいんや?」

頬杖をついて見下ろせば、深い青色の瞳が見詰めてくる。

「・・・・・・」

言いたくても言えないことがあるのを知っていた。
毎日。
ほとんど、毎日名前を呼ぶその裏に、言いたい言葉が山ほど詰め込まれている。
それを全部読み解くのは面倒くさいからしないけれど、聞こえている言葉もあった。

(いじめたくなるやんなぁ)

ずっと捨てられた子犬みたいな目をしていた。
いろんなものを諦めて、けれど、生きることは諦めない。
そんな、生き物としての本能が瞳の奥で輝いている。

(ほんま、強いなぁ)

いまだって、これからだって、最強が青峰であることは揺るがない。
限界のある世界を全てぶち壊してくれた。
同じ時代に出会えたことには感謝している。

(でもなぁ・・・)

子犬を撫でるように、青峰の頭を撫でた。
191センチの大柄な子犬。
ちょっと油断すれば、噛みつかれるくらいでは済まない、獰猛な子犬。

「あと、10分待てや。コンビニで肉まんおごったるわ」
「・・・10分な」
「いいこにしとき」
「子供扱いすんじゃねえよ」

唇を尖らせて拗ねる姿のどこが子供じゃないと言えるのか。
残り10問。
タイムトライアルも得意だった。



終わり



 
     
 

2012/11/27

 
     
 

青峰くんのことは好きだけど、
一緒にいられないと思ってる今吉さん。

 
     
 

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