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12月17日 |
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ポケットにしまった携帯電話が鳴る。 メールを送ってから数分。 誰からかは、見なくてもわかる。 (・・・電話) ほんの少しだけ迷って、緑間は電話に出た。 「何の用だ」 歩きながら携帯電話を持つ指先が少し冷たい。 (今夜は本当に冷える・・・) 寒空の下、さっさと帰ればいいものをと、溜息ひとつ。 『声が聞きたかったんスよ』 弾んだ声音が耳元で響く。 声を聞くのはどれくらいぶりだっただろうと、ふと思う。 「バカか」 会ってもいなければ、電話もしていなかった。 毎日のメールだけで、生身とは触れ合っていなかったことも気付かないふりをしていた。 『ひどすぎじゃないっスか?メールじゃ優しかったのに〜』 冗談めかして拗ねたように言うから、それならば相応に相手をするしかない。 優しさなんて、最初からどこにもないのだから。 「切るぞ」 『ちょ、ちょっと、待って。冗談っスよ。うれしかったから、うれしかったって言いたかったんス』 慌てる黄瀬の声にふと口元が緩む。 あれで伝わっていたのなら、良かったと、安心もする。 電話ができるほどに元気になった時点で、甘やかしすぎたとは思ったけれど。 それもまた、いつも通りだ。 「そんなに喜ばせるようなことを送った覚えはないのだよ」 小さな嘘をつく。 寂しいと言わない相手に知らないふりをする。 『そうだと思ったから電話したんスよ』 聞かなくても会わなくても大丈夫だと平気だと思っていたけれど、本当はそうでもなかったらしい。 (相当、重症だな・・・) 自分が、だ。 感情を表に出すのは苦手だけれど、感情がないわけではないのだ。 はやる心臓をそっと押さえて、立ち止まった。 「・・・元気そうだな」 『元気っスよ?風邪ひとつひいてないっス』 この時期に風邪などひいていたら、大問題だろうにと思ったけれど、そこは気にしないことにする。 指先が小さく震えるのは、寒さのせいにしたかった。 「だったらだったらこんなに寒い夜に外にいないで、さっさと帰れ」 バカは風邪をひかないと言うけれど、本当に風邪をひいてしまったら、どうしようもない。 自分よりも頑丈にできているとはいえ、そんな心配をしてしまうのは、もうほとんど癖のようなものだった。 中学時代とは違うと理解していても先に口から出てしまうのだ。 そうさせるのは、黄瀬だからなのだろうと、自分に言い聞かせて諦めた。 『緑間っち』 呼ぶ声に弱さが混じる。 「なんだ」 『オレ、がまんしてるんスけど、緑間っちに会いたくてたまらないんスよ。もうずっと会ってない。会って、抱き締めて、キスしたい』 会えないのはお互いに時間がないからだ。 どちらが悪いわけでもない。 今が、その時期なだけだ。 (本当にずるずるとひっぱりだしてくる・・・) 緑間は苦笑いを浮かべて、頷いた。 「・・・・・・そうだな」 会いたいと触れたいとキスしたいと思わないようにしていたというのに。 (それでも、我慢していた方か・・・) ふわりと生まれたこの感情をいとしいというのかもしれない。 『えっ?』 黄瀬が電話の向こうで驚いたように声をあげた。 「何故驚くのだよ」 言葉にしなければ伝わらないことは知っている。 言葉にできないこともたくさんあるけれど、言葉にできることもある。 『てっきり、バカめって怒られるかと思って・・・』 それは、時と場合に寄るかもしれないし、そう思わせてしまう原因の半分は自分のせいでもある。 「オマエは本当になにもわかってないな。オレ達は付き合っているのだろう?」 『もちろんス』 聞こえないように溜息をひとつ。 目を合わせて言えるかと問われれば、きっとまだ無理だと答えるだろう。 それでも、電話の力を借りることで、少しだけ正直になれる。 「オレがオマエと同じ気持ちであってもそれはおかしなことでも驚くことでもないのだよ」 会って、抱き締めて、キスしたい。 同じ気持ち。 そう。それは、黄瀬と同じ気持ち。 『同じ、気持ち・・・?』 黄瀬のきょとんとした表情が目に浮かんで、その額を叩いてやりたくなる。 「・・・好きだと言っている」 声にすることで、安心するなら。 言葉を伝えることで、安心できるなら。 時々で、かまわないなら。 (特別・・・なのだよ) 冷えていたはずの指先がじんわりと温まるような気がした。 『緑間っち』 黄瀬の声が少し震えているように聞こえた。 「どうした」 『オレ、死んじゃうっスよ。幸せすぎて』 どうやら、ちゃんと届いたようだ。 側にいることができないからこそ生まれる不安や寂しさは、側にいたとしてもきっと消えない。 だからこそ、確かめ合うのかもしれない。 「バカにつける薬はないのだよ。これ以上体を冷やすな。さっさと帰って明日に備えろ。いいな」 これ以上与えられるものは何もない。 徐々に込み上げてくる恥ずかしさをごまかすように厳しい口調になるのは、仕方がない。 『えー』 不満そうな声にもう大丈夫だと確信する。 「黄瀬、返事っ!」 号令をかけるように。 強めに。 『はいっス』 その返事を聞いて、緑間は通話を切った。 中学時代の条件反射はまだ有効らしい。 背筋をしゃんと伸ばした黄瀬を想像して笑う。 会えなくて寂しいと言って。 好きだと言って笑って。 自分達の関係はまだずっと幼いのかもしれないけれど、いつだって真剣で本気だ。 携帯電話を握り締めて、緑間は歩きだした。 家までもうすぐの距離だった。 終わり |
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2012/12/17 |
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一日一黄緑。 |
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