| 戻 | ||
unchanged 2 |
||
ふとした瞬間に、緑間に触れた口唇の感触を思い出す。 やわく、薄い口唇は、今まで経験してきたキスと何ら変わりはなかった。 男だからといって、口唇が特別異なるわけではないのだと、改めて思う。 触れるだけに留めたのは、相手が本気だったからだ。 それ以上踏み込むには、さすがに躊躇われる程の熱い感情が、透明なレンズの向こうで震えていた。 無表情ではあったけれど、酷い動揺が見て取れた。 宮地は震え、戸惑う緑間に部室の鍵を握らせて、先に帰った。 その後の事は何もわからないし、わからなくてもいい。 *** 今朝は、鍵を預かった責任感でいつもより早めに登校した。 有り得ないとは思いつつ、万が一に備えて、緑間が遅れてきた時のフォローをする為だ。 もちろん、そんな心配は無用だった。 自分よりも早く緑間は体育館に居て、すでにシュート練習をしていた。 いつも側でやかましく笑う高尾の姿がないのは、やはりいつもより早い時間のだったのかもしれない。 「おはようございます」 体育館の入口に立つ宮地の姿を見つけて、緑間は動きを止め、静かに言った。 「おう」 再び二人きりになってしまった。 体育館の中に入り準備運動を始めた宮地の側にやってきた緑間が、体育館と部室の鍵を差し出した。 それを黙って受け取ると、緑間は何も言わずにシュート練習を再開した。 真っ直ぐに伸びた背、ゴールを見詰める瞳、それから、天へと伸びる腕。 ひとつひとつの動作に無駄がなく、ボールはゴールへと向かった。 一人のプレーヤーとして、すげえな、と、宮地は思う。 自分にはできないけれど、劣っていると思った事はない。 できる事とできない事を分担する必要性を覚えたのは、随分昔の話だ。 目的が同じであるならば、協力をするのが得策である。 だから、暴言を吐きつつも緑間の存在を誰よりも先に認めたのだ。 (あの後ろ頭にボールをぶつけてやりてぇ) そうしたら、きっとこっちを向くだろう。 部活中、自主練中、試合中。 ほとんど目が合う事はない。 (いつ見てんだ?) 素朴な疑問を抱えつつ、宮地は振り向かない緑間の背中を見詰めた。 準備運動を終え、足元に転がっていたボールを拾う。 緑間が振り返る。 相変わらず感情の読めない表情をしているが、珍しく真っ直ぐに両目を向けてきた。 「視線が、痛いんですが」 「は?」 「背中に突き刺さるので、あまり見ないでください」 「何言ってんの?見る見ないは俺の自由だろ?轢くぞ」 「できればやめて欲しいんですが」 「お前にそれを決める権利はねえよ」 宮地は持っていたボールを緑間に向かって強めのパスをする。 緑間がそれを受け止めて、そのままシュートを決めた。 パスがなければ、ボールが届かなければ、シュートは撃てない。 そんな当たり前のプレーをいまさら特別に思うとは思わなかった。 「オレは宮地先輩が好きです」 「昨日聞いた」 「視線だけでも意識してしまうので、やめてください」 「期待してんの?」 「したくはないのですが」 好きだと吐露したからか、緑間はいつもより饒舌で、正直だ。 生意気な言い方は変わってなかったので、宮地はその後頭部をべしっと手のひらで叩いた。 「意識すんのも期待すんのもお前の自由だろ。勝手にしてろ」 「・・・」 驚いたように何度も目をぱちくりする緑間の頭を掻き回すように乱暴に撫でた。 「いいんですか」 「やめなかったのは、俺だ」 髪がぼさぼさになった緑間を笑って、宮地はゴール下に落ちていたボールを拾った。 ちょうどそのタイミングに合わせるかのように、他の部員たちが体育館へとやってきた。 「おはよーございます」 やかましい音量で高尾が緑間の元に駆け寄ってくる。 すぐにぼさぼさな髪をしている緑間に気付いて、大笑いした。 「どしたの、真ちゃん、それ」 「宮地先輩に・・・」 乱れた髪を手櫛で直しながら正直に答えるから、高尾は「宮地先輩、ひでえ、グッジョブ」などと笑い続けた。 「うるせえ、轢くぞ。さっさと準備してこい」と怒鳴れば、高尾は笑ったまま背筋をしゃんっと伸ばして、準備運動を始めていた輪へと走っていく。 賑やかな一日が始まる合図だ。 「お前も見てんじゃねぇよ」 緑間の視線に気付いて睨むと緑間は無表情のまま言った。 「オレの自由だと言ったのは先輩です。勝手にします」 手にしたボールを二回、床について、シュートを撃つ。 ガンっと金属音が響いて、ボールはゴールに入らずに落ちた。 しん、と、体育館内が静まり返る。 傍目からは、何もおかしなところはなかった。 緑間のフォームが崩されたわけではない。 けれど、シュートがはずれた。 緑間は、何事もなかったようにもう一度ボールを放った。 今度は音もなく、キレイにゴールへと吸い込まれていく。 それを確認してから、体育館は再びざわめきを取り戻した。 宮地は一人、笑いを堪えるのに必死で、片手で口を押さえ、肩を震わせた。 緑間からは冷ややかな視線が届いたけれど、気にするものではない。 笑いながら、緑間は本当に本気なのだと、その告白を受け止める覚悟を決めていた。 ただ受け止めるだけで、どうこうする気持ちは、少しも沸いてこない。 緑間が特に何も求めてこないのであれば、今までとなんら変わることもないだろう。 今のところは。 終わり |
||
2012/10/17 |
||
両思いだけど付き合わない宮緑。 |
||
| 戻 | ||