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「ねえねえ、宮地サン。最近真ちゃんがちょーうかれてるんすよ。なんか知ってます?」 足元でバスケットシューズの紐をぎゅうぎゅうと結び直しながら高尾がそんな事を言う。 位置的に物凄く蹴りやすい場所で背中を丸めている。 足を出さずに済んだのは、高尾の言っている事が理解できなかったからだ。 「うかれてる?アイツが?どこが?」 ここ数日どうしても目についてしまう背中を改めて睨みながら、宮地は首を傾げる。 高尾の言う事は時々わからない。 「なんか、よく、笑ってます」 ぴょんっと飛び跳ねるように立ち上がった高尾は、シューズの感覚を確かめるように何度かジャンプを繰り返した。 「見たことねえんだけど」 笑う? 緑間が? 疑問符だけがぐるぐると脳内を巡る。 「宮地さん、最近緑間のこと良く見てっから知ってると思ってました」 にっこりと悪びれのない笑顔を浮かべた高尾は、そのままシュート練習の始まったコートへと戻って行った。 (良く見てんのは誰だよ) 宮地は足元にあった背中を蹴り飛ばさなかった事を後悔しつつ、練習に加わった。 *** 笑った顔を思い出そうとするが、思い浮かぶのは背中と横顔ばかりだ。 唯一正面で見たといえば、初めてキスをした時の少し驚いた顔で、笑っていたわけではない。 いつだって涼しい表情で、怒鳴り声に臆する素振りも見せず、黙々と練習を続ける姿しか覚えがない。 試合中に見せる好戦的な姿はあれど、どうにも笑顔と結びつかなかった。 高尾の挑発にまんまとのせられた形で、宮地はいつも以上に緑間へ視線を送る事になる。 数時間の厳しい練習の後、へとへとに疲れた身体を引きずるように部員の大半は部室へと戻っていく。 同じように汗だくのTシャツを背中にへばりつかせたまま、タオルで顔を拭き、水分を補給した緑間はボールが溢れるくらい詰め込まれたボール籠の傍らに立つ。 スリーポイントラインから、さらに離れた場所を選び、シュートを撃った。 一本、一本、それは確実にゴールのネットを揺らして床に落ちた。 「宮地さんも今日は居残るんすか?」 水呑場で顔を洗ってきたらしい高尾が前髪を濡らしたまま体育館に戻ってきた。 「ああ、シュートが入らなかったから」 練習中、狙ったシュートをことごとくはずしまくった宮地は、最終的に木村からどうした?具合でも悪いのか?と心配までされてしまった。 シュート以外はいつも通りで、体調が悪いわけでもない。 ゴールを狙って放ったボールはリングに拒まれ跳ね返る。 「くっそ・・・」 原因がわからず、腹立たしい。 昨日まで自分がどんなフォームでシュートを撃っていたのかさえ、見失いそうになる。 「真ちゃーん」 高尾が緑間を呼ぶ。 振り返ると珍しく目が合った。 高尾に呼ばれたからこちらを向いたのか、それより前からこちらを向いていたのかはわからない。 「真ちゃんは知ってんだろ?」 「知らないのだよ」 その場から一歩も動かずに答える声。 「だって、今日、34本うって1本も入ってねぇんだよ、宮地さん」 「高尾てめぇ数えてんじゃねえよ、刺すぞ」 持っていたボールをぶつける勢いで高尾に投げた。 「心配してるんすよ」 それを両手で受け止めた高尾はその痛みに顔を顰める。 「・・・フォームにおかしなところはありません。明日になればまた入るようになると思います」 緑間は静かにそれだけを言って、再び自分のシュート練習を再開した。 真っ直ぐに、機械のように、ボールはゴールに吸い込まれていく。 その背中を無性に蹴り飛ばしたくなりつつ、足元に転がってきたボールを拾った。 宮地にも原因はわかっている。 (緑間だ・・・) そして、それを引き起こした要因も目の前にいる。 手にしたボールをドリブルでゴール下まで運んでシュートをしたそれも外れた。 一度崩れた感覚は何度やっても取り戻せないらしい。 (だから、明日か・・・) 的確なアドバイスを寄越した後輩に宮地はやっぱりボールをぶつけたくて仕方がない。 「帰る。戸締り忘れんじゃねぇぞ」 ボールを籠に放り込んで、宮地は側にいた高尾に鍵を投げ渡すと体育館を出た。 「はいっ。おつかれさまでした」 威勢の良い声を聞いて、出入口で振り返ると生意気な後輩二人はちゃんと頭を下げていた。 *** 部室で制服に着替え終えた頃、ドアが静かに開いた。 やって来たのは、高尾ではなく緑間だった事に驚きはしない。 「宮地先輩」 ドアの前に立って宮地を見詰める緑間を意識しないように脱いだTシャツをバッグに詰め込んだ。 「お前も練習やめたのか」 「いいえ」 沈黙が続く。 緑間の視線だけがちくちくと突き刺さってくるが、それも無視をする。 「・・・・・・」 体育館には高尾が一人で残っているのだろうか。 ドアの向こうで待っているのだろうか。 そんな、どうでもいいことを考えなければ、余計な事を口走ってしまいそうで、宮地は緑間の反応を待った。 しかし、待てども緑間からその先の言葉が発せられる事はなく、この居心地の悪くない空気に慣れてしまいそうで、緑間の方へ顔を向けた。 「なんか言え。俺に用じゃなけりゃさっさと戻れ」 「用は、もう、済みました」 そう言った緑間の口元が自然と緩んだのを見た。 「はぁ?」 微笑むという表現がこれ程ぴったりと合う笑顔も少ないだろう。 ほんの一瞬ではあったが、緑間は確かに笑ったのだ。 それから、宮地の指示に従うようにさっさと背を向け、部室を出て行こうとする緑間の肩を掴んで、引き止めた。 「ちょっと待て」 「なんですか?」 振り返った緑間はいつもと同じ表情で、さっきの笑顔は幻だったのかとさえ思えてくる。 「余計な心配してんじゃねえよ。マジで轢くぞ。どこも悪くねえんだよ。一晩寝りゃ直るっつったのお前だろーが」 何も言わないクセして、その行動と視線はおしゃべりだと、宮地は思った。 その半分でも声にすれば、もう少しかわいげがあったのではないかと。 しかし、それでは、緑間ではなくなってしまう。 「・・・・・・」 黙って見詰める眼鏡の奥の瞳が揺れる。 期待していないと言いながら、本当は何かを求めているのだろう。 そこまで深読みをして察していたとしても、その想いに応えてやれる程、宮地は優しくなかった。 (欲しければ、言え) 最初に火をつけたのは、間違いなく自分の方だ。 それでもそこから先をどうこうしてやるほど、甘くはない。 「あと、そーやって物欲しそうな顔すんじゃねえよ」 「してません」 「キスしたいって、書いてあるんだよ」 「ありません」 「だろうな」 顔を近づけて笑って、突き放すように緑間から手を放した。 拒絶する間は、無理強いはしない。 欲しいと言われなければ、与えない。 まだ、それくらいの距離感でいい。 「宮地さん」 低く、落ち着いた声が響く。 そして、呪文のように繰り返す。 「オレはあなたが好きです。だから、心配もしますし、意識もします」 「だから?」 「あなたに意識されるのは、嬉しいです」 そう言い捨てて、緑間は部室を出て行った。 (キスもねだれないくせに生意気な・・・) 閉じたドアを見詰めながら、宮地は苦笑するしかなかった。 終わり |
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2012/10/28 |
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具合悪いのかなー? |
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