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理科室へ向かう途中の廊下で、高尾は昨日の晩ごはんで起きたくだらない話をしていたはずだった。
ふとした拍子に思いついたことが、そのまま零れた。

「なぁ、真ちゃん」
「なんだ?」

理科室へ向かう廊下に他の生徒の姿はない。
休み時間にまだ余裕があるせいだ。

「俺さぁ、真ちゃんのこと友達だと思ってるんだぜ?」

まだ出会って半年くらいしかたってないけど、十分だろ?と、高尾は笑う。

「だから?」

高尾の言いたいことを半分くらい察した上で、緑間は知らないふりをする。

「悩んでることがあれば相談してほしいってゆってんの」
「悩みなどないのだよ」
「ほんとに?」
「ウソをついてどうする」
「ほんとに?」

緑間が視線を高尾へ移すと、見上げた瞳が不安そうに揺れて見えた。
それでも高尾はいつも通りに笑っている。
ほんの少しだけ面倒くさいと思いながら、それでもこうして心を掛けてくれる相手を蔑ろにもできない。
半年も一緒に過ごせば、わかることだって増える。

「しつこいぞ。・・・そうだな。オマエが安心したいと言うのであれば、答えてやろう。もし、悩みがあったとしたら、話せるのはオマエにだけなのだよ、高尾。それであればいいだろう?」

めったにない緑間の譲歩に高尾は一瞬歩くのを忘れた。
信頼されていると言葉にされる安心感は、なにものにもかえがたいのだと、知る。
そして二人が、通り過ぎた階段に人影があったことに気付いたのは、高尾が先で、緑間も気付いていたけれど、知らないふりをした。
聞かせたくない話をしてしまったと、後悔したのは高尾だった。


***


自主練後の部室に残ったのは、宮地と緑間だけだった。
高尾は一時間ほど前に家の事情とやらで帰ったのだ。
部活中も自主練中もおかしな素振りはなにひとつなかった。
そして、高尾が居ない時に限って、宮地は緑間の背中を見詰めるのだ。

「お前、なんか悩んでんの?」

ロッカー前で、先に着替えを終えたのは宮地だった。
緑間がTシャツを脱ぐ姿をぼんやりと眺めた。
相変わらず、細い腰と薄い体が気になったが、そんなに簡単に筋肉がつくようであれば苦労はしない。

「悩みなどありませんが?」

もちろん、あなたのことです、などという可愛げのある答えを期待していたわけではないので、緑間の素っ気ない返事は予想通りだ。

「そーかよ」

少しつまらなさそうに言っても、白いシャツに袖を通しながら、緑間は振り返りもしない。

「宮地さん」

ボタンをひとつひとつとめていく仕草さえ、真面目そうに見えて可笑しい。
真面目で、だけど自分の思うことは譲らない、変人で、いけすかない嫌なヤツであるはずの後輩の嫌なところがどんどんなくなっていくようだ。

「オレは、あなたのことで悩まないと決めたので、あなたのことで悩むことはありません」

黒い学生服を着て、ロッカーの扉を閉める。

「悩む前に言うことにしています」

くるりと振り返った緑間とようやく目が合った。
たぶん、今日初めて目を合わせただろう。
緑間はいつも必要以上に目を合わせようとしない。

「例えば?」

レンズの奥を覗き込むように見詰め返せば、小さな溜息ひとつ。

「立ち聞きは良くないと・・・」
「聞こえるところで話してるおめーらが悪いんだろうが」

思わず、べしっとその額を平手で叩く。
理科室へ向かう廊下の途中にある階段の上には音楽室がある。
友人から借りた本を音楽室に忘れたことに気付いたのは、昨日の話だ。
思い出したように取りに行った休み時間。
無事に本を回収した帰りに遭遇した。
それは、ただの偶然だった。

「宮地さんは?」

額をさすりながら、緑間が言う。

「なんだよ」
「宮地さんは、悩み事はないんですか?」
「悩み事ばっかりだっつーの。でもそれは、人に言って解決するもんじゃねえし。自分で打開する程度の悩みだって事だろ。余計な気をまわしてんじゃねぇ。轢くぞ」

二つも年下の後輩に相談するほど切羽詰まってはいないのだ。
もちろん、よほどのことがあったとしても、緑間に相談をすることはない。
それは、緑間もわかっているはずだった。

「宮地さん」
「なんだよ」
「オレは宮地さんのことが好きです」
「知ってる。だから?」
「言いたくなったので、言いました」

緑間のマイペースな部分に振り回されてはおしまいだと、言っていたのは高尾だっただろうか。
思いついたことをそのまま口に出してしまうのは、気を許してる証拠だと、言ったのはだれだっただろうか。

「そーかよ」

無表情でぼんやりとしている緑間から目を逸らして、宮地は自分のバッグを肩にかけた。

「帰るぞ」
「はい」

素直に返事をする緑間にも随分慣れてきた自分に笑って、部室の鍵を掛ける。
違和感が空気に変わるというのは、自分も気を許している証拠なのかもしれない。
だからといって、何かが変わるのかと言えば、何も変わらないのだ。
友達ではないのだから。



終わり



 
     
 

2013/01/21

 
     
 

※付き合ってない宮緑シリーズです。
相変わらず、ぼんやりした関係のままですな・・・。
宮地さんの前にいる緑間くんは、
比較的素直なので、
時々、書いている私がびっくりします。
ああ、そんなこと言っちゃうの?って思ってると、
宮地さんは当たり前のようにそれを受け入れるので、
なんで君たち付き合ってないの?と、
私が思います。

 
     
 

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